死ぬのにもお金がいる!なんてこった!2013年04月26日 12:56

 先日のNHKスペシャル見ましたか?
「現在、日本人の8割が病院で亡くなり、“在宅死”はわずか2割ほど。超高齢化が進むなか、国は「看取りの場所」を「病院」から「在宅」へと転換する政策を打ち出した。2012年を「地域包括ケア元年」と位置づけ、年老いても住み慣れた地域で暮らし、最期を迎えられるよう、在宅医療や看護、介護サービスの整備を進めている。「治療は終わったので病院以外で療養を」と早期退院を求められる高齢者と家族。しかし24時間対応できるヘルパーや在宅医など、在宅医療を支える社会インフラは不足し、家族は“老い”や“死”を受け入れられず、苦悩を深めている。横浜市で診療所を開く在宅医は言う。「これまで医療は命を延ばすためのものだった。これから必要なのは“死に寄り添う医療”だ」と。人口に占める高齢者人口の増加率が全国一の横浜市を舞台に病院や在宅医療の現場をルポ。「在宅の看取り」に何が必要なのかを探っていく。」
 という内容でしたが、最後まで見られませんでした。

 これでは状況があまり伝わってこないので、具体的に書くと、84歳だかの父親が、肺の不調で入院していたけれども、急性期治療が終わったので、退院させられてきた。近くに住む娘が一日3回のヘルパー介護の隙間を埋めることになった。別に母親はこれも80才代だが、ナンタラの病気で入院中。もし母親も急性期を脱して退院させられたら、いったいどうしたらいいんだろうかという切迫した状況の報告でした。
 確かに「年老いても住み慣れた地域で暮らし、最期を迎えられる」と言うことは理想だろう。次善の策として、ケア付き住宅や老人ホーム、老人施設などは満杯だったり、年金などの懐具合によっては入るのをためらったりするのだろう。
 結局、番組では、父親が娘の看取りによって自宅で救急車も呼ばずに死亡し、追うように母親も死亡するということになるんだと、あるブログに書いてあったけど、本当にそれでいいのか?
 知り合いの例だが、父親が交通事故で植物症状となり、1年有余の後に死亡されたと言うことがあったけれど、それは自宅の近くの病院で、最後まで、医療の手が伸びていたし、看取る立場の家族も、一日数時間の介護で事足り、疲労困憊というようでもなかった。そりゃあそれなりにいろいろ疲れた様子ではあったが、「もし自宅にお父さんが帰ってくることになったら・・・」と考えるだけで、設備から生活の変更からで大変であったろうと思う。
 急性期医療が終わって退院を迫られるのは、診療報酬が低額になり、病院ではペイしないからという説明だったが、再雇用の私でも2万円近く払っている健康保険料では足りないということだろうか。へそ曲がりがうがって考えれば、介護産業のために病院から放り出す仕組みナンではないかと・・・・・。
 福祉先進国では確かに自宅で最後を迎えるのが確か6割だか8割だかと記憶しているが、介護制度が相当違う我が国で、番組のように「娘」や「嫁」がしっかり居るところならまだしも、子供がいない、遠く離れているという状況は、全く良くある状況だから、いわゆる老老介護がこれからさらに多くなるのだろうと考えざるを得ない。
 うちの親も87歳と83歳だ。全く人ごとではない。自分だって61歳。そう遠い未来ではないような気がする。
 「地獄の沙汰も金次第」というが、いまや「いまわの際も金次第」なんだって。
 じょうだんじゃあねえや!ばかやろう!じゃんじゃん。