愛着障害というもの その12013年06月14日 10:33

 光文社文庫に「愛着障害(岡田尊司)子ども時代を引きずる人々」という本があります。しばらく読み続けて、感動したので、何回かに分けて要約します。

 「愛着」とは、生後6ヶ月くらいからの1年間、つまり1歳半くらいまでの間に形成されるものだそうです。従来はこの愛着の問題が、子どもの問題であり、しかも特殊な家庭で育った子どもの問題であるという認識でしたが、近年は、一般の子どもや大人にも広く見られる問題との認識となってきているようです。例えば、うつ病や不安障害、依存症、境界性パーソナリティ障害(BPD)などのリスクを高めるほか、離婚、家庭崩壊、虐待やネグレクト、結婚回避、引きこもり、非行や犯罪の背景として、考えられつつあると言うことです。また、発達障害と誤診されることもままあると言うことでした。
 例えば、以下のことはどこにでもよく見られることかもしれないが、愛着の特性としてみれば、説明が付くらしい。

なぜ、人に気ばかりつかってしまうのか。
なぜ、自分をさらけ出すことに臆病になってしまうのか。
なぜ、人と交わることを心から楽しめないのか。
なぜ、本心を抑えても相手に合わせてしまうのか。
なぜ、いつも醒めていて、何事にも本気になれないのか。
なぜ、損だとわかっていて意地を張ってしまうのか。
なぜ、拒否されたり傷つくことに敏感になってしまうのか。

 これらの性格的な傾向は、愛着という問題の安定性や不安定性、回避性などにより、自分や周囲、顧客、児童・生徒など、人との交わりと生き方に深く関わり、人生を大きく左右すると指摘されています。

 愛着は、抱っこから始まるようです。抱っこはスキンシップということだけでなく、「支え、守る」という意味もあります。子どもは母親に抱っこされることで、成長・免疫・神経ホルモンなどの活動が活発になりますが、母親も子どもに対する愛着が強められるようです。つまりこの段階で十分な抱っこがなければ、子どもと母親の両方にその後の影響があることになります。「抱っこされていれば、甘えん坊にならないか?」と昔は考えられていましたが、今や一見弱々しく見えても、実は強くたくましく育ち、それは大人になっても持続するそうです。
 ただし、実は「誰でも」というわけにもいかないようです。
 昔、イスラエルの集団農場キブツの「実験」が教訓となっています。それは、「一人の母親が一人の子どもを面倒見るのは効率が悪いので、複数の親が時間を分担して、それぞれの子どもに公平にかかわれば、効率が良く、親に依存しない自立したすばらしい子どもが育つに違いない」と実行されましたが、その子たちが大きくなると、重大な欠陥が生じやすいとわかったそうです。その欠陥とは、親密な関係に消極的になり、対人関係が不安定になることが多いことですが、さらに、その子ども、つまり孫の時代になると、周囲に無関心で、無気力な傾向が目立つことに気付いたと言うことでした。
 この教訓は、愛着には抱っこという行為と、特別な存在が必要だと言うことを示しています。これを愛着の選択性といいます。母と子の間の安定した愛着は「愛着の絆」で結ばれるのです。
 じゃぁ、父親ではだめなのか、祖父母ではどうかということになりそうですが、父親がこの期間(6ヶ月~1歳半)家にいられれば代理にはなりますが、とても難しいでしょうし、実の親がそばにいても、同居する祖父母に任せて母親があまりかわいがらないと、後年、不安定になりやすいとされています。

 ちなみに、我が家では、息子が生まれたときに、看護婦(当時の呼び方)であった連れ合いには、「3年間は家にいてほしい」と伝え、そのようにしてくれました。ただ、その間に次の子ができたので、結局10年以上復帰できませんでしたが。それで、我が子たちに愛着問題がないかと言えば、ん~ん、どうでしょうか。連れあいといつか話し合ってみたいと思っています。
じゃんじゃん。