松前と江差の旅2016年08月01日 13:11

 7月はとうとう一つも書きませんでした。結構忙しくしていまして、別に参議院選挙に関わっていたのではないのですが、総会の後始末などに関わっていました。

 ということで、8月にあっという間になってしまいましたが、ここでお知らせが一つ。
 私の再雇用期間が11月で終わりまして、後はご配慮をいただいて、来年の5月の総会まで「引き継ぎ期間」として残ることにはなりましたが、従って新しいことには手をつけられませんので、活動の停滞を一時期招くかもしれませんが、あしからず。

 今回は、自治労の公共サービス部門の要請で松前の介護施設の労働組合と、江差の檜山地協学習会に行ってきましたので、その報告をします。
 といってもどなたも興味ないかもしれませんが、アスペルガーの件などはそのうちまた書き始めると思います。
 全くの余談ですが、今回windows10にしたことを機にATOKを2016にしました。EdgeなどでIMEがうまく動かないからでしたが、いまそのATOKで書いていますけど、非常にGoodです。

 さて、28日、大雨予報のなかを松前に向かいます。札幌は9時に出ました。
 ルートは中山峠経由が350㎞、高速の道央道を使うと400㎞を超します。天気予報を見ながらどちらかに決めねばなりません。
 いまはLive カメラもあっていろいろ比較しましたが、疲れが少ない点では、高速かなと考えて高速にしました。
 札幌・新川から乗って後は一路函館まで300㎞です。途中の八雲でいったん降りて、駅前でそばを食べ、また高速に戻ります。
 大沼公園が高速の最後でしたが、国道をいくらも行かないうちに函館新道に入ります。そこから江差道に入って、「茂辺地」というところが終点でした。だいぶ木古内寄りの山の中でしたが、すぐ海岸沿いに出て、海を見ながら走ります。
 お天気はこれまでもほとんど雨に当たらず、湿度は相当高い感じでしたが、土砂降りではありません。
 木古内の道の駅はできたばかりですから、寄りました。(写真)
 それからも、知内、福島(千代の富士の故郷、横綱記念館が向かいにあり)とよって、16:00ころ松前に着きました。
 松前は初めてではありませんでしたが、相当前なので、街の雰囲気は記憶が無く、初めてみたいなものでした。
 道の駅でしばらく時間をつぶし、18:30からの予定でしたから18:00に介護施設に着きました。市街からは少し離れています。山の裾で、大変いい雰囲気のところでした。

 学習会は、「労災について」がテーマでした。事前に自治労道本部の担当者と内容について打ち合わせましたが、1回目は制度の細かい説明の内容では、わかりづらいということで、「介護労働と労災」と言うことに絞って、話すことになりました。
 労働災害の歴史などを口火に労災補償制度を簡単にして、転倒や腰痛、メンタルなどについて介護現場での労災を説明しました。
 ほとんどが女性の組合員40人ほどが、熱心に聞いてくれたのですが、女性の委員長は最後に「やっぱり労災は難しいね」とのご感想で、少しがっかりしましたけど、まあ、一生懸命説明したつもりです。
 どうも、職場には労災らしきものがあるようですが、「扱いにはしていない」と言うことのようです。
 まあ、聞かなかったことにしましょう。

 松前には、温泉宿しかなくて、ビジネス用ではないので、泊まることは断念し、江差に向かいました。江差には9時過ぎに着きました。この日は、そんなにうろうろしませんでしたが、550㎞走っていました。久々の500㎞越えはそんなに疲れませんでした。
 しかし最近は、疲れが翌々日に出ますから、帰り道が少し心配でしたけど。

 江差は、これまた夜でしたから、昼間は何もすることがありません。
 仕方が無いので、近くの道の駅に行くことにして、上ノ国の「もんじゅ」、厚沢部、江差の3カ所に行ってきました。
 それでもまだ午前中です。江差の事務所に顔を出すと、昼飯を食わしてくれると言うことで、ちょっと有名なそば屋さんに行きました。名前は忘れましたし、翌日の帰り道に探してみましたけどわかりませんでしたので、二度と行けません。

 さて、17:30頃に再訪することにして、ブラブラしているしかありません。道の駅に行ってソフトクリームを食べたり、車の中で本を読んだりしていましたが、天気がよくて暑くてたまりません。車のエアコンを入れっぱなしなのはどうかなと思い、ホテルに帰ることにしました。
 ホテルで仮眠を取ったりしているうちに時間になったので、会場に向かいます。17:45分になったけど、会場には4~5人しかいません。
 あれ?と思っていましたが、6時少し過ぎにどやどやと来て、30人弱がそろいました。

 こちらのテーマは、「イマドキ職場とメンタルヘルス」と言うことで、職場のいろいろあるでしょうということと、適応障害や発達障害について、その対応が大事ですよというお話をしました。
 まあ、このくらい書いておけば、わかる人にはわかるでしょう。
 参加者は、結構若い人が多く、少しは理解が進んでくれればという感じでした。質問は特にありません。

 無事終えて、地元と会食です。昔の役員も呼んでくれていて、懐かしい顔を見ることができましたが、話は政治がらみが多く出ました。
 私は「卒業生」だということで、話にのりませんでしたが、今回の参議院選挙でもいろいろあったようです。
 よく考えると、北海道の民進党二人目はこの管内の出身でしたから、当然と言えば当然に力点が変わっていたようです。
 20:00~22:00までいろいろ話をしましたが、檜山の会長は私と同い年で、2月生まれのため学年は一つ上です。彼の後任はどうなるのだろうなどと余計なことを心配しつつ、この際、渡島と合併する話はどうよ、と感じつつ、江差の夜は更けていきました。
 当然ながら、イカ刺しと奥尻からのウニは特別にうまかったのですが、昔の役員の一人が、脳出血をするなど病気をされた後で、すこしMCI気味かなと感じ、重要と思われることは話せませんでした。

 北海道の労働運動も、人口と同じで、札幌集中が進んでいて、道内の地方はなかなか「やり手」不足なのですね。
 これはひと言で言うと、連合北海道の責任と言うしかありません。もちろん今の役員だけでなく、私も含めてここ15年ほどの役員の無策が招いた結果だと思います。
 稚内や帯広の「急死」があったにしても、多くの地域で労働運動を担ってきた、炭労や国労の財産が、もう、ほぼ無くなったと言うことです。地域というと、林野もあるのですが、職場で就業時間中には一切の「ほかのこと」はできないそうです。

 檜山の彼の後任の心配もしましたが、我々の年代は、確かにまだ元気です。血圧やコレステロールの薬くらい飲めば、まだまだ2~3年は持つでしょうが、問題は、現場感覚が希薄になると言うことでしょうね。
 この点で、私も「しがみつく」気はさらさらありません。労働運動は、安全衛生はもちろんですが、職場の状況をよく知るものが、担うべきものです。それぞれの時代には、それぞれの労働運動があっていいと思います。間違ってならないのは、主役が労働者一人一人だと言うことでしょうか。

 あと10ヶ月ですが、ぼちぼち頑張ります。
 じゃんじゃん。