愛着の問題(改題) その2 ― 2013年06月17日 11:17
このシリーズは、もしかすると、「その10」くらいまでになるかもしれません。実は、当センターの冊子改訂版に向けた作業の一つなのです。
それで、前回は、愛着の重要性や形成時期と選択性についてでしたが、今回はそれがうまくいったときと、いかなかったときについて、少し要約します。
愛着がよく形成されると、その絆は半永久的に持続するそうです。この絆による行動は「愛着行動(J・ボウルビィ)」と言います。よくあるのは、子どもが「ママ」「お母さん」と泣いて求めることですが、アニメの「母をたずねて三千里」のマルコ少年のように、距離や時間をものともせずに愛着の対象を求める行動となるほど強いものです。それに感動するのは、見る側にも愛着が確立されているからだと思われます。斎藤茂吉の歌集「赤光」や遠藤周作のエピソード(遠藤順子著作)は、母への思いの強さを知らせます。
一方、その形成に失敗すると、傷ができたり脱愛着ということになります。例えば、死別や離別を経験した子どもは、まず現実を受け入れる前に「抵抗」を示し、次に抑うつ的な「絶望」となります。その状態で数ヶ月過ぎると、脱愛着として母親の記憶を封印するのだそうです。それは生き残るための子どもの知恵だと言うことです。子どもは保護者なしには生き残れないからです。
愛着を脅かすもう一つの状況は虐待・ネグレクトです。この状況では、子どもは親を求める感情と、恐れる感情の狭間で、ついには「自分が良くないから・・・」と自虐的感情に至るそうです。そうして自分の心を納得させることになります。この経験をした子どもは、大人になっても「親に認められたい」「愛されたい」という感情を引きずり、過度に気に入られようとしたり、困らせたり反発したりすることでこだわり続けるようになるということです。
ここで、愛着に関するもう一つの概念が入ってきます。それは「安全基地(M.エインスワース)」です。1歳半頃までにきちんと母親という安全基地を築くことができた子どもは、少しずつ母親を離れることができるようになりますが、それは、何かあったときに母親が安全基地として機能してくれるからで、3歳ころにはさらに外界に出かけて好奇心を発揮することができるようになります。
一方、十分に機能する安全基地を持たない子どもは、知的興味や対人関係で無関心や消極的なことが多いといわれます。これは大人になっても同じで、安定した愛着を築いた大人は仕事でも対人関係でも積極的となりますが、そうでない場合は、外界のストレスに脆弱となり、精神疾患や依存症のリスクを抱えることになります。
ただし、「過保護」はむしろ牢獄と化してしまい、自立を遅らせることになります。安全基地は必要なときに機能するためにあり、求めていないときに縛るものではないのです。
ん~ん、少し愛着が見えてきましたか?
自分の場合はどうだったんだろうと少し考えました。1951年生まれで、4人兄弟ですが、一番下の弟とは9歳離れてますけど、その中間の妹たち二人とは2歳違いずつですから、ギリギリ愛着の形成には間に合っていたのかもしれません。いや、きっと私は愛着に問題を抱えているのかもしれませんが、今まで生きてきたから、良しとしましょう。
次は、子どもの愛着パターンと大人の愛着スタイル。いよいよ最初の山場です。じゃんじゃん。
それで、前回は、愛着の重要性や形成時期と選択性についてでしたが、今回はそれがうまくいったときと、いかなかったときについて、少し要約します。
愛着がよく形成されると、その絆は半永久的に持続するそうです。この絆による行動は「愛着行動(J・ボウルビィ)」と言います。よくあるのは、子どもが「ママ」「お母さん」と泣いて求めることですが、アニメの「母をたずねて三千里」のマルコ少年のように、距離や時間をものともせずに愛着の対象を求める行動となるほど強いものです。それに感動するのは、見る側にも愛着が確立されているからだと思われます。斎藤茂吉の歌集「赤光」や遠藤周作のエピソード(遠藤順子著作)は、母への思いの強さを知らせます。
一方、その形成に失敗すると、傷ができたり脱愛着ということになります。例えば、死別や離別を経験した子どもは、まず現実を受け入れる前に「抵抗」を示し、次に抑うつ的な「絶望」となります。その状態で数ヶ月過ぎると、脱愛着として母親の記憶を封印するのだそうです。それは生き残るための子どもの知恵だと言うことです。子どもは保護者なしには生き残れないからです。
愛着を脅かすもう一つの状況は虐待・ネグレクトです。この状況では、子どもは親を求める感情と、恐れる感情の狭間で、ついには「自分が良くないから・・・」と自虐的感情に至るそうです。そうして自分の心を納得させることになります。この経験をした子どもは、大人になっても「親に認められたい」「愛されたい」という感情を引きずり、過度に気に入られようとしたり、困らせたり反発したりすることでこだわり続けるようになるということです。
ここで、愛着に関するもう一つの概念が入ってきます。それは「安全基地(M.エインスワース)」です。1歳半頃までにきちんと母親という安全基地を築くことができた子どもは、少しずつ母親を離れることができるようになりますが、それは、何かあったときに母親が安全基地として機能してくれるからで、3歳ころにはさらに外界に出かけて好奇心を発揮することができるようになります。
一方、十分に機能する安全基地を持たない子どもは、知的興味や対人関係で無関心や消極的なことが多いといわれます。これは大人になっても同じで、安定した愛着を築いた大人は仕事でも対人関係でも積極的となりますが、そうでない場合は、外界のストレスに脆弱となり、精神疾患や依存症のリスクを抱えることになります。
ただし、「過保護」はむしろ牢獄と化してしまい、自立を遅らせることになります。安全基地は必要なときに機能するためにあり、求めていないときに縛るものではないのです。
ん~ん、少し愛着が見えてきましたか?
自分の場合はどうだったんだろうと少し考えました。1951年生まれで、4人兄弟ですが、一番下の弟とは9歳離れてますけど、その中間の妹たち二人とは2歳違いずつですから、ギリギリ愛着の形成には間に合っていたのかもしれません。いや、きっと私は愛着に問題を抱えているのかもしれませんが、今まで生きてきたから、良しとしましょう。
次は、子どもの愛着パターンと大人の愛着スタイル。いよいよ最初の山場です。じゃんじゃん。
コメント
_ やまし ― 2013年06月18日 10:22
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://zoumatsu.asablo.jp/blog/2013/06/17/6868693/tb
さて、「愛着」シリーズを読ませてもらっていると、大昔
に読んだ「母原病」という本を思い出しました。
昔の人が(たぶんわたしらの母親を含めて)自然にで
きた子供との接し方が、ストレス多き現代の若い親には
なかなか難しいのだと思います。あまり緊張せず子育て
をしてもらいたいと思いますが。