第22回産業ストレス学会の報告 102014年12月19日 13:17

<若者のメンタルヘルス不調はなぜ減らない~問題点から見える解決への糸口~>

 近年メンタルヘルス不調による休職者が急速にふえている。中でも若年労働者を中心とした適応障害や、いわゆる現代型うつ病・発達障害ともいわれるメンタルヘルス不調者が増えている。この変わりつつある職域メンタルヘルス不調者の大幅な増加と、大きな質的な変化をどのように考え対処していけばよいのだろうか。

 1980-1990年頃のバブル期に生まれ、物質的には満たされてゆとり教育の中で育った子供達が、今や20-30歳の社会人となっている。若者自身のストレス脆弱性や社会適応カの低さや未熟さなども指摘されている。
 一方、その若者が育ってきた環境(社会制度、教育)や若者を受け入れる事業者・産業保健スタッフ、そして治療サポートに当たるメンタルヘルス専門職側にもまだまだ、問題が残っているのではないだろうか。
 そこで、本シンポジウムでは、若者を迎え入れる企業産業医の立場から現場での状況並びに問題点を、そして社会制度や種々の政策等の経緯やその問題点・矛盾点等をお話し頂きます。また、長年のカウンセラー経験の中から若者を取り巻く教育や家庭の問題点を、そして最後に多くの若者を診療されている専門医の立場から、メンタルクリニックやその治療における問題点等を指摘いただく。

<産業医・企業のここが問題>

1.企業側の問題
 若者のメンタルヘルス不調の増加が精神疾患としてのパーソナリティー障害や発達障害によるものだけとは考えられない。だが、若者のメンタルヘルス不調は今後も増加することが予想される。言い換えれば、一般的な若者は10年前に比べてストレス耐性が低下してきていると考えるのが妥当であろう。
 そのような就労人口の変化に企業が対応しようとするのか、企業が対応せずにそのような若者を排除しようとするのかが大きな隘路になる。
(1)採用の基準を自社の風土や実際に想定される仕事や業務の質に合わせる必要がある。
 ~実際は、画一・均一化で学歴偏重、マッチングの問題は考慮していない。
(2)入社時の過度な新入社員の期待や理想とのギャップが失望と挫折を生む。
 ~キャリア・パスが少なく、将来展望を描けない新入社員が増えている。
(3)入社後の教育とOJT、働くことの意味と働き方の教育。
 ~初期のOJTで「働くことの意味」や「働き方」「コミュニケーション」について教育していない。
(4)職場管理者の若者に対するコニュニケーション技法の向上。
 ~新人の指導者に教育スキルが求められない。「時間がない」「教育は自分の評価にならない」「叱れない」「自覚がない」
(5)企業としての父性と母性の表現。若者の楽しみを企業の中で作り出す。
 ~父性や母性を自覚していない。働く以外の楽しみが全く薄れてきている。
(6)安全配慮義務を十分に履行した上での就業規則に基づく対応。
 ~異動に柔軟性が無く、優秀者は全て本社に集められる。したがって地方は人材が不足する。

2.産業医側の問題
 精神科を専門医とする産業医以外は、精神疾患としてのパーソナリティー障害や発達障害を正しく診断できないであろう。また、精神科医の診断も普遍的な診断とは言い難い面もある。
(1)入社後早期の職場・仕事への不適応の発見と対応の仕組み。
 ~精神科に関するスキルが足りない。むしろ、窓口など相談しやすさを高める必要がある。
(2)管理職教育における「いわゆる現代型うつ」への対応。
 ~誤解が大きい。発達障害への理解も少ない。
(3)若者のメンタルヘルス不調のフォローアップ時に手法や指導法の標準化。
 ~全てPD(パーソナリティ障害)に見えている。RA(リスクアセスメント)の手法が有効。
(4)復職プロセスにおけるリワークの活用
 ~大企業のみの実態
※ 10年前に比べてもストレス耐性が下がっていることについては、許容するしかない。新入社員向けの計画を立て、繰り返し続けるしかない。

<社会制度・政策のここが問題>

1.労働分野の規制緩和による業務負担の増大
 雇用形態の多様化や非正規労働の増加は、労働の商品化と労働者による将来への不安という過剰適応を招いている。

2.職場の衛生管理に関する政策が不完全
 健康リスクとなる有害要因には、職場巡視等を通じたハザードの特定、作業環境測定を活用したリスクの見積り、職場や作業の改善・作業主任者の選任・労働衛生教育等のリスクの低減でリスクアセスメントの推進が図られている。
 しかし、心理的ストレスには有害要因としての明文規定がなく、他のの有害要因であれば適用されるはずの作業環境管理等の衛生管理に関する規定が適用されない。
 ~RAとPDCAサイクルには心理的対処も含まれる(安衛法24条 事業者は、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。)

3.労働者の健康管理に関する政策が複雑
 一人の労働者に、定期健康診断、過重労働者の面接指導、ストレスチェック、特定健康診査の法令が適用されている。それぞれ、目的、実施上の注意、結果の取扱い方、実施後の措置等が異なり、複雑である。その結果、①各制度の総合的な活用困難、②事業者や産業医による主体的な活動意欲の低下、③小規模事業場での浸透不足が生じている。
 ~複雑すぎて企業規模によっては対応できていない。THP(心とからだの健康づくり)運動からまた始めなければならないのではないか。

4.個人情報保護と安全健康配慮との制度が矛盾
 個人情報保護法は、目的外利用や第三者提供を禁止している。労働安全衛生法が規定する事項は適用が除外されるが、法定外の健康情報には厳格に適用されるので、事業者は法定の範囲を超えた健康情報の取扱いに慎重となる。使用者が安全健康配慮を徹底するには、産業医が十分に健康情報を把握する必要があるが、事業者としての負担が大きい。
 ~解雇や不利益につながるかという危惧が大きい。あくまでも医師や看護職に個人情報は限ることが原則である。

5.産業医の立場
 労働者は産業医の選任や罷免に関与できない。産業医には勧告権があるので独立牲があるとされるが、事業者が行う健康管理を事実上分掌し、司法上、産業医の過誤は事業者の責任と認定される。労働者は、自身に不利益を生じやすい業務非関連の心理的ストレスや、就業適性と無関係の精神障害について産業医に相談しにくい。産業医は、健保組合の顧問医ではなく公衆衛生の担当医でもなくゲートキーパーになりにくい。
 ~事業者によって選任されることから、位置は「三角関係」と言われて一応距離を取ることになるが、産業医の出番があちこちにありすぎないか。特に非常駐の産業医には報酬の割に多すぎないか。産業医は原則的に治療はしない。

<教育・家庭のここが問題>

 古い文献になってしまうが、若い社員とのカウンセリングを行う際に、心に留めてきた論考がある。
 カウンセリング心理学者国分康孝先生の「現代青年の病める心を理解するために」(金子書房『青年心理』85号、1991年1月1日発行、特集「カウンセリング最前線」)である。
 国分師は、現代青年の問題点として、「現実原則の学習不足J「グループへの同一化の欠如」「人生哲学の貧困」「自己主張能力の欠如」をあげ、対策を述べている。例えば、論考には、こんな記述があるので紹介したい。
 「戦後の教育は児童中心主義という美名のもとに、現実原則(禁止・命令)に対決させることをためらったと思う。私がある雑誌に「児童に~させよJと書いたところ、「~させる」という態度は管理主義であると反論した人がいた。こういう自己中心的教育のゆえに、今の青年は現実原則になじみにくいのである。現実原則になじめないとは非常識で、我慢が足りず、他人のせいにする傾向が大きいということである。」
 近年、新型あるいは現代型うつと呼ばれる症状を呈する若者に多く見られる性格傾向として指摘されている点と相通じる指摘である。現実原則を学習させるとは、フラストレーションを与えること。フラストレーション耐性を養うには、父性原理(現実原則=禁止・命令)になじむことと、それができるために母性原理(リレーシヨン=優しさ)が条件だという。
 さらに現実原則の中でも特に学習させた方がよいこととして、国分師は、時間観念とマナーをあげている。なぜなら、人生とは時間の流れの中で対人関係をもつことだからだという。また、人生哲学の欠如に関しては、教師なり親なりが自分の人生哲学を語ることだと述べ、教師や親が自分の考えを打ち出すときに役に立つ理論として、論理療法と実存主義的アプローチをあげている。
 人を育てる上で、何かが変で何かが起きている感じがする。成績さえ良ければいいのか。過干渉になっていないか。

 学校教育で教えていないことがある。
①時間観念と社会のマナー、
②人間関係の大切さ(広さ、深さ、自己形成)、
③生き甲斐とは、
④人に合わせる生き方がベストか(自己主張は他人の否定を意味しない、
⑤能力・体力・人間関係のうち二つ劣れば「おちこぼれ」か?
 結局のところ、自律教育が欠けているのではないか。

<精神科医から>

 産業医や看護師、精神科医の知り合いに「否定的項目」のアンケートを採ってみた。
 その結果、産業医は精神科医に「職場に無知」「診断書は信用できない」「頑張らせることはできない」が上位の意見であり、看護師は産業医と精神科医に「診断書が怪しい」「予約が取れない(忙しすぎる)」「職場に無知」が上位、精神科医は「すぐに精神科によこすだけ」「治療効果を中期的に見てほしい」などが上位の意見となった。
 それぞれの職責からしかたがないのか?

 産業医は「後付け診断書」を出すこともたまにある。看護師からは、本人を説得できずに何でも休業させると見ているが、双極性と大ウツは見分けが難しい。企業担当者との連携を取ってもらいたいと思うだろう。精神科医は、インテークに必要な「生育歴」が付いてこない、QOLの不調は結果であるのに、などと本音では思っている。

 精神科医は、治療契約はあっても、命令できる立場ではないし、相性という問題もある。また、患者個人の利益を最優先するのが大事な姿勢である。もし失職して生活保護になっても治療に当たる覚悟でいる。一方、本人から聞き出す情報量には限界もある。就労歴や人間関係などは時間をかけていく必要がある。
 また、困ったことに、職場の連絡先がはっきりしないことも多い。

<会場との討論>

Q1 入社後の教育のあり方
A1 システム作りが大事。上司と人事が協働することだ。厳しさの教育も必要。
  即戦力ばかりが求められるが、育てることも必要。先輩が話をする、「大人を演じている」ことに肩の力を抜かせる、身体を大切にする安全衛生教育、能力を引き出すなど。

Q2 産業医の契約は企業とか、個人としてか。フランスでは「労働医」以外を認めていないが。
A2 産業医は自分が主治医になることはない。あくまでもコーディネーターであるべき。そうしないと患者の選択自由度が無くなるから。

Q3 部下の育成はなぜ評価に値しないのか。例えばメンタルヘルス(MH)のスキルなどを評価しないのか
A3 評価すべきだと思う。経験があると無いとでは全く違う対応となるだろう。しかしシステムとして構築されている例は少ない。
A3 評価は難しいだろう。内発的動機付けは人間性によって左右される。やはりシステムが必要。

Q4 MHが不調になる前にやめる例はあるか
A4 大企業は辞めにくいかもしれない。周囲の意見や自分の価値観などによって。

Q5 ストレスチェック(安衛法66条10)は重層化しすぎていないか。個人情報の取り扱いは。
A5 社内ルールを事前に構築する必要がある。衛生委員会での取り扱いや本人の同意書の獲得、窓口の設置と責任者の明確化などだ。職場全体での同意(オプトアウト)の取り扱いは危険だ。

Q6 休業を繰り返す場合、誰が見ても無理があると言えないか。治療者としての考えは。
A6 年齢の要素もあるが、「新しい人生」を提案することもある。

Q7 逃避や未熟で増加しているのではないか。復帰や就業に向けた産業保健スタッフの覚悟は
A7 上司や産業医などに「見え方」を説明する必要がある。あくまでも中立的に。
A7 連鎖の防止策が必要だ。本人から「新しい人生」を言い出す場合もある。

Q8 職場の上司や先輩は自分の育ってきた環境の価値観をもって、昔気質すぎないか。親のストレス耐性も下がっており、コミュニケーション能力もろくにない親もいないか。
A8 聞き取りができない親もいる。
A8 わかりやすい説明を行うスキルも必要となっている。

※ 座長集約~新入社員を採用した以上は、企業がきちんと教育する必要がある。