愛しき日々 その1 ― 2017年06月02日 08:55
昨年の9月30日に書いてから、全くのご無沙汰でした。
おそらくごく少数の「読者」がいらしても、とっくに見放されていると思いますので、これは、本人のみの為の記録と言うことになります。
まず、宣言しますが、ほぼ、今までの仕事は終了しました。従って、いまはフリーということです。いわゆる「サンデー毎日」です。
まず、なぜ途絶えていたかから話さねばなりません。
昨年の、夏の終わり頃、ほくろうビル6階のO氏が「再雇用は11月で終わりますが、後任への引き継ぎ期間として2017年の5月まで6ヶ月間延長します。この間の賃金は交通費等を込みで月20万円です。」という言い渡しがありました。
本人がどうしたいかなどの意見は聞かずに、偉そうにおっしゃるものですから、こちらの返答は「はいわかりました。」しかありません。
もちろん、腹の中は「そうかい、もう俺に用はないってかい。かえってありがてえこった。」と言うことです。
こちらも、高齢の両親の世話をするためと言う口実で、実に友好的にその他細々を決めて、今年の5月までいることにしました。
その後、後継者に元執行委員のM氏が決まり、引き継ぎを始めましたが、彼は、別のNPOにも関与しているため、事務所を一緒にして様子を見ながら、少しずつ引き継ぎと思いましたが、いままで「労働安全衛生」など関与したことがなかったため、全くの「一から」です。
これには私もあきれました。
私の常識では、まず「自分にできる仕事かどうか」を自分で判断し、それから相手の条件を聞いてそれが納得のいくものであれば、受諾・承知するというふうに考えますが、M氏は全くそんな思考回路は持っていないようです。3月くらいになってから、労働安全衛生の基本的なところを学習し始めていました。
もちろん私は一から手ほどきするようなことはしません。「ほくろうビル」は戦場ですから、そこで生き延びるためには「自分にしかできない」ことをいかに見つけるかが分かれ目なのです。
だから彼に「わざと」教えないと言うことではなく、私が今までやってきたことは、「私にはできるが、彼にはできないだろう(今すぐには)」と言うことです。
ところが彼は、自分でろくに調べもしないで、「何でもわからないことは聞く」ことに羞恥やわだかまりがないタイプのようで、いままでなんども「おい、それを説明するには1時間ほどかかるがそれでも聞くかね?」と言うことを、申し上げました。ですが、そのような堪忍袋も、最近は年のせいか袋が小さくなったようで、ついに先日、5月の会計〆をしているときに切れてしまいまして、「ガキじゃぁあるまいし、わからない、できないとわかっていることをどうして引き受けたのか」と怒鳴りつけてしまいました。
そうなのです。彼が脳天気に「了解」と言わなければ、私はまだあと半年は先の職にいられたのです。それによる収入は月20万円×6ヶ月となったかもしれません。
まあ、それで、私は冷たい態度をとっているのです。心が小さいものですから。
そんなこって、本日これまで。じゃんじゃん。
おそらくごく少数の「読者」がいらしても、とっくに見放されていると思いますので、これは、本人のみの為の記録と言うことになります。
まず、宣言しますが、ほぼ、今までの仕事は終了しました。従って、いまはフリーということです。いわゆる「サンデー毎日」です。
まず、なぜ途絶えていたかから話さねばなりません。
昨年の、夏の終わり頃、ほくろうビル6階のO氏が「再雇用は11月で終わりますが、後任への引き継ぎ期間として2017年の5月まで6ヶ月間延長します。この間の賃金は交通費等を込みで月20万円です。」という言い渡しがありました。
本人がどうしたいかなどの意見は聞かずに、偉そうにおっしゃるものですから、こちらの返答は「はいわかりました。」しかありません。
もちろん、腹の中は「そうかい、もう俺に用はないってかい。かえってありがてえこった。」と言うことです。
こちらも、高齢の両親の世話をするためと言う口実で、実に友好的にその他細々を決めて、今年の5月までいることにしました。
その後、後継者に元執行委員のM氏が決まり、引き継ぎを始めましたが、彼は、別のNPOにも関与しているため、事務所を一緒にして様子を見ながら、少しずつ引き継ぎと思いましたが、いままで「労働安全衛生」など関与したことがなかったため、全くの「一から」です。
これには私もあきれました。
私の常識では、まず「自分にできる仕事かどうか」を自分で判断し、それから相手の条件を聞いてそれが納得のいくものであれば、受諾・承知するというふうに考えますが、M氏は全くそんな思考回路は持っていないようです。3月くらいになってから、労働安全衛生の基本的なところを学習し始めていました。
もちろん私は一から手ほどきするようなことはしません。「ほくろうビル」は戦場ですから、そこで生き延びるためには「自分にしかできない」ことをいかに見つけるかが分かれ目なのです。
だから彼に「わざと」教えないと言うことではなく、私が今までやってきたことは、「私にはできるが、彼にはできないだろう(今すぐには)」と言うことです。
ところが彼は、自分でろくに調べもしないで、「何でもわからないことは聞く」ことに羞恥やわだかまりがないタイプのようで、いままでなんども「おい、それを説明するには1時間ほどかかるがそれでも聞くかね?」と言うことを、申し上げました。ですが、そのような堪忍袋も、最近は年のせいか袋が小さくなったようで、ついに先日、5月の会計〆をしているときに切れてしまいまして、「ガキじゃぁあるまいし、わからない、できないとわかっていることをどうして引き受けたのか」と怒鳴りつけてしまいました。
そうなのです。彼が脳天気に「了解」と言わなければ、私はまだあと半年は先の職にいられたのです。それによる収入は月20万円×6ヶ月となったかもしれません。
まあ、それで、私は冷たい態度をとっているのです。心が小さいものですから。
そんなこって、本日これまで。じゃんじゃん。
愛しき日々 その2 ― 2017年06月04日 08:33
今日は日曜日。それにしても寒い。
あ!語調を変えたのであしからず。
やっぱり誰からも反応はないようだ。誰も見ていないのだろう。まあ、いい。
ところで、昨日は孫の運動会であったが、とにかく寒いということしか感想に無い。
それにしても、娘の子だけに、足が速く、活発ないい子だと思う。
妹がいて、まだ幼稚園の年長組のため、昨日は姉の様子を見ているだけであったが、久しぶりに孫とも会って、それはそれで楽しかったが、とにかく寒かった。
江別市にいるので、高速を使うとものの30分ほどしかかからないが、滅多に会うことはない。
とにかく、ある事情があって、家には遊びに「来られない」からだ。
この事情をここに記す気は無いが。
毎日は本当に変化の少ない日々である。考えることと言えば、毎日3回の食事のことと、少し中期的に「家の片付け」をどうするかくらいなものである。
前回、少し未練たらしいことを書いたかもしれないが、未練と言えば、20年誌を作ったときの資料整理がある。これは、運動経過などの資料をファイルにまとめて、おそらく400冊、80箱くらいの量となっているが、これは紙のままにしておくと、当然劣化してしまい、単なるゴミになってしまうから、PDFファイルにデジタル化するのが一番だと思う。
20年誌の資料としてだから、1987年の民間による労働戦線統一から、2005年くらいまでの紙資料となっている。ただし、2000年以降は、パソコンが導入されて、サーバー等に相当資料が残っているので、当面は心配が無いが、1987年から1999年までの分は紙でしか残っていない。
まあ、実は、1990年頃から使っていたワープロのデータは、一部だけれど残っているのだが、十分には整理されていない。
従って、20年誌資料の保存化とワープロデータ整理は我が歴史の課題として残っている。
それと、どうするか気になっているのは、30年誌のことだ。
2020年には30年になるが、20年誌の補追を作るのか、30年誌としてまとめるか、決めるのは現職だろうけれど、それを作業するのは誰かと言うこと。
我は、20年誌作成時には既に現職を離れていたのだから、30年誌までの10年間はどうしても傍観者的立ち位置になろう。
それと、この10年は、宿敵のM事務局長の時代であり、ろくに記すべきことも見当たらないはずであるから、相談されれば検討はするが、自分で名乗り出る気はさらさら無い。
まあ、経過史料の編纂などでは複雑な出来事がないだけに、逆に作業としては非常に楽であるとは思うが。
値段次第である。
値段にこだわるのは、別に金に困っているからではなく、「プロパー」である我にとって、つけられた値段は我への評価でもあるはずだから、それでこだわるのである。これも、まぁ、少しはお金に余裕がある方が望ましいことであるのは事実だが。
多少疲れてきた。本日はここまでにしておこう。
じゃんじゃん。
あ!語調を変えたのであしからず。
やっぱり誰からも反応はないようだ。誰も見ていないのだろう。まあ、いい。
ところで、昨日は孫の運動会であったが、とにかく寒いということしか感想に無い。
それにしても、娘の子だけに、足が速く、活発ないい子だと思う。
妹がいて、まだ幼稚園の年長組のため、昨日は姉の様子を見ているだけであったが、久しぶりに孫とも会って、それはそれで楽しかったが、とにかく寒かった。
江別市にいるので、高速を使うとものの30分ほどしかかからないが、滅多に会うことはない。
とにかく、ある事情があって、家には遊びに「来られない」からだ。
この事情をここに記す気は無いが。
毎日は本当に変化の少ない日々である。考えることと言えば、毎日3回の食事のことと、少し中期的に「家の片付け」をどうするかくらいなものである。
前回、少し未練たらしいことを書いたかもしれないが、未練と言えば、20年誌を作ったときの資料整理がある。これは、運動経過などの資料をファイルにまとめて、おそらく400冊、80箱くらいの量となっているが、これは紙のままにしておくと、当然劣化してしまい、単なるゴミになってしまうから、PDFファイルにデジタル化するのが一番だと思う。
20年誌の資料としてだから、1987年の民間による労働戦線統一から、2005年くらいまでの紙資料となっている。ただし、2000年以降は、パソコンが導入されて、サーバー等に相当資料が残っているので、当面は心配が無いが、1987年から1999年までの分は紙でしか残っていない。
まあ、実は、1990年頃から使っていたワープロのデータは、一部だけれど残っているのだが、十分には整理されていない。
従って、20年誌資料の保存化とワープロデータ整理は我が歴史の課題として残っている。
それと、どうするか気になっているのは、30年誌のことだ。
2020年には30年になるが、20年誌の補追を作るのか、30年誌としてまとめるか、決めるのは現職だろうけれど、それを作業するのは誰かと言うこと。
我は、20年誌作成時には既に現職を離れていたのだから、30年誌までの10年間はどうしても傍観者的立ち位置になろう。
それと、この10年は、宿敵のM事務局長の時代であり、ろくに記すべきことも見当たらないはずであるから、相談されれば検討はするが、自分で名乗り出る気はさらさら無い。
まあ、経過史料の編纂などでは複雑な出来事がないだけに、逆に作業としては非常に楽であるとは思うが。
値段次第である。
値段にこだわるのは、別に金に困っているからではなく、「プロパー」である我にとって、つけられた値段は我への評価でもあるはずだから、それでこだわるのである。これも、まぁ、少しはお金に余裕がある方が望ましいことであるのは事実だが。
多少疲れてきた。本日はここまでにしておこう。
じゃんじゃん。
愛しき日々 その3 ― 2017年06月05日 09:19
まず、「その1」で、このブログが滞っていた理由を述べるべきところ、全くよくわからないと言うことに今気がついた。
その理由とは、要するに「やる気が全く失せた」と言うことになる。それでどうしてブログが滞ったのかと言うことの関連を説明せよということでは、本人もよくわからないからできえない。
ところで、どうしてこのように、毎日、雨が降るのか?6月だと言うに寒いのか?
まるで梅雨が来たような気分になるではないか。
気が滅入ってきているからここで「米国のトランプがパリ議定書を離脱するなどと言うから温暖化が進んでしまったのではないか?」などと、支離滅裂なことを言ってみたい。
要するに、書くべきことが今のところ見つからないのだ。
毎日のことで言うと、ブルマス(ブルジョア・マスコミのことを格好つけて呼ぶ)の報道に難癖をつけつつ見たり読んだりしているだけの、ただの年寄りなのだ。
今朝は、庭の芝を刈ってみた。芝と言っても、3m四方くらいのものだから、たいしたことは無いが、芝ハサミで手刈りとなると、結構時間がかかる。従って、朝は3分の一位にしておいた。
先日、近くのHomacで電動芝刈りを見てみたが、1万円くらいはするので、今のところ、手刈りでもいいかと思ってしまう。
今日はこれからお掃除しなければならない。ほんの手伝いくらいに思っていたが、いつの間にかお掃除隊の隊長にされてしまっている。乗せられやすいかも。
やれやれ、じゃんじゃん。
その理由とは、要するに「やる気が全く失せた」と言うことになる。それでどうしてブログが滞ったのかと言うことの関連を説明せよということでは、本人もよくわからないからできえない。
ところで、どうしてこのように、毎日、雨が降るのか?6月だと言うに寒いのか?
まるで梅雨が来たような気分になるではないか。
気が滅入ってきているからここで「米国のトランプがパリ議定書を離脱するなどと言うから温暖化が進んでしまったのではないか?」などと、支離滅裂なことを言ってみたい。
要するに、書くべきことが今のところ見つからないのだ。
毎日のことで言うと、ブルマス(ブルジョア・マスコミのことを格好つけて呼ぶ)の報道に難癖をつけつつ見たり読んだりしているだけの、ただの年寄りなのだ。
今朝は、庭の芝を刈ってみた。芝と言っても、3m四方くらいのものだから、たいしたことは無いが、芝ハサミで手刈りとなると、結構時間がかかる。従って、朝は3分の一位にしておいた。
先日、近くのHomacで電動芝刈りを見てみたが、1万円くらいはするので、今のところ、手刈りでもいいかと思ってしまう。
今日はこれからお掃除しなければならない。ほんの手伝いくらいに思っていたが、いつの間にかお掃除隊の隊長にされてしまっている。乗せられやすいかも。
やれやれ、じゃんじゃん。
愛しき日々 その4 ― 2017年06月06日 08:30
Facebookというものがある。
よくわからないが、「友達の紹介」があって、それを承認したら「友達」になって、アップした写真に「いいね」などと反応することと、メッセンジャーでチャットができる。
しかし不思議なのは、友達かもしれないなどと言う関係性がどこで判断されるのか?ということはみんな知っているだろうけど、ID登録したとたんにそのPCの中のメールアドレスがFacebookに吸い上げられて、同じアドレスがあれば、「友達かも」と通知するらしい。
違っていたら指摘してほしいが、ID取得の条件として、それらを承認することになるらしいが、これって結構恐ろしくないだろうか。
我の長い経験から言って、これらは全て権力機構の把握するところであることは疑いがない。従って、もし、誰か遠くの関係者が当局の監視下に置かれたときには、生涯に一度だけ会ってアドレス交換しただけかもしれぬが、自分も当局の監視下に置かれるかもしれぬと言うことを覚悟すべきではなかろうか。
「公安」という活動がある。いま「共謀罪」に一番期待しているのは彼らだろうが、かえってやりにくさを心配するかもしれない。
つまり、彼らにとって、逮捕・拘禁は出口にしか過ぎず、それまでに至る道では、ばれなければ、つまり、公判証拠に支障が無ければ、やり放題なわけであって、それをお天道様の照らすところに出そうなどと言う「共謀罪」は、案外、百害あって一利なしなのかもしれない。
今日も天気がいいけど、気温は高くない。
もうちょっと暖かくなってもいいのではないか。
うちのトマトとキュウリは順調であるが。
最近、朝の食事後に芝刈りをしている。暑くなくて、しかも身体を動かすから寒くもなくて、快適だ。
今日も、残り少ない「愛しき日々」を楽しむ。じゃんじゃん。
よくわからないが、「友達の紹介」があって、それを承認したら「友達」になって、アップした写真に「いいね」などと反応することと、メッセンジャーでチャットができる。
しかし不思議なのは、友達かもしれないなどと言う関係性がどこで判断されるのか?ということはみんな知っているだろうけど、ID登録したとたんにそのPCの中のメールアドレスがFacebookに吸い上げられて、同じアドレスがあれば、「友達かも」と通知するらしい。
違っていたら指摘してほしいが、ID取得の条件として、それらを承認することになるらしいが、これって結構恐ろしくないだろうか。
我の長い経験から言って、これらは全て権力機構の把握するところであることは疑いがない。従って、もし、誰か遠くの関係者が当局の監視下に置かれたときには、生涯に一度だけ会ってアドレス交換しただけかもしれぬが、自分も当局の監視下に置かれるかもしれぬと言うことを覚悟すべきではなかろうか。
「公安」という活動がある。いま「共謀罪」に一番期待しているのは彼らだろうが、かえってやりにくさを心配するかもしれない。
つまり、彼らにとって、逮捕・拘禁は出口にしか過ぎず、それまでに至る道では、ばれなければ、つまり、公判証拠に支障が無ければ、やり放題なわけであって、それをお天道様の照らすところに出そうなどと言う「共謀罪」は、案外、百害あって一利なしなのかもしれない。
今日も天気がいいけど、気温は高くない。
もうちょっと暖かくなってもいいのではないか。
うちのトマトとキュウリは順調であるが。
最近、朝の食事後に芝刈りをしている。暑くなくて、しかも身体を動かすから寒くもなくて、快適だ。
今日も、残り少ない「愛しき日々」を楽しむ。じゃんじゃん。
愛しき日々 その5 「人はなぜ嘘をつくのか」 ― 2017年06月07日 09:09
あまりに、日頃のことばかりで、もし万一読んでいる人がいたら、申し訳ないなあと思っている。
そこでというわけでもないけど、面白い資料があったので、まとめた。
「人はなぜ嘘をつくのか」
嘘をつく目的を調べると、「利益を得るため」が44%、「自分を守るため」が36%で理由の双璧だそうだ。
他に「人を傷つける」などの悪意は4%、「病気に起因する」のは2%。
「よく嘘をつく年代」としては、13~17歳のいわゆるティーンエイジャーが24時間に1回以上の嘘をつくのが74%とダントツに高い。この年代の子供の言葉を真に受けてはいけないと言うことになるのだろう。
ティーンエイジャーは豊かな発想力を示す一方で、無謀な行動をとりがち。その理由は脳のアンバランスな成長過程にあることがわかってきた。脳はニューラルネットワークの増強によって発達していくが、感情を生み出す大脳辺縁系のネットワークが思春期に強化されるのに対し、冷静な判断を促す前頭前皮質は20代になるまで成熟しない。このミスマッチがティーンエイジャーを危険な行動に駆り立てているとみられるのだそう。
思春期の開始時期は世界的に早まる傾向にあるため、ミスマッチの期間は長くなっている。
一方、6~8歳の年代の嘘は36%と低いことから、人間が嘘をつくのは少しずつ大人になってくる証拠なのかもしれないのだ。
その他の年代も24時間で50%以上が一回以上の嘘をついている。
まあ、自分を考えるとそれはよく納得できるだろう。
「自分は嘘などついたことがない」というのは、人類最大の嘘であることは明白なのだから。
ところで、人間は嘘をつくのが得意であるというか、嘘をつくのが好きなのは疑いがない。これも、自分を見れば納得するだろう。
ただし、人の嘘を見抜くことは苦手なのだ。
これはいまのSNS社会では重大問題だ。「よく嘘をつくが、だまされやすい」と言うことは、世の中の情報はほとんどが嘘と考えざるを得ないことにならないだろうか。果たして極論だろうか.。
物事には見る方向によって違う意味を持ったり、違う形に見えたりすることがある。決して白か黒かでは決められないことが多いにもかかわらず、なぜか今の社会は「正解」を常に求めたがる。勝ち負けを決めたがる。それが故に、社会との関係を絶つものや、「嫌われないために」全ての自分を放棄するものまで現れ、自己が崩壊していく。
ではなぜ、「だまされやすい」のか。それは、生きていくための様々な情報を他者からもたらされているからだ。つまり今までは、誤った情報や意図的な錯誤情報よりも、圧倒的に生きるために必要な情報を他者から得てきたのであり、それに比べれば嘘の情報やだまされることの損害は大きくないからである。
特に、自分が聞いて嬉しい嘘はすんなり信じ込む。そして一度気に入った嘘には科学的反証があろうと無かろうと、固執する。
はてはて、人間というものは。じゃんじゃん。
そこでというわけでもないけど、面白い資料があったので、まとめた。
「人はなぜ嘘をつくのか」
嘘をつく目的を調べると、「利益を得るため」が44%、「自分を守るため」が36%で理由の双璧だそうだ。
他に「人を傷つける」などの悪意は4%、「病気に起因する」のは2%。
「よく嘘をつく年代」としては、13~17歳のいわゆるティーンエイジャーが24時間に1回以上の嘘をつくのが74%とダントツに高い。この年代の子供の言葉を真に受けてはいけないと言うことになるのだろう。
ティーンエイジャーは豊かな発想力を示す一方で、無謀な行動をとりがち。その理由は脳のアンバランスな成長過程にあることがわかってきた。脳はニューラルネットワークの増強によって発達していくが、感情を生み出す大脳辺縁系のネットワークが思春期に強化されるのに対し、冷静な判断を促す前頭前皮質は20代になるまで成熟しない。このミスマッチがティーンエイジャーを危険な行動に駆り立てているとみられるのだそう。
思春期の開始時期は世界的に早まる傾向にあるため、ミスマッチの期間は長くなっている。
一方、6~8歳の年代の嘘は36%と低いことから、人間が嘘をつくのは少しずつ大人になってくる証拠なのかもしれないのだ。
その他の年代も24時間で50%以上が一回以上の嘘をついている。
まあ、自分を考えるとそれはよく納得できるだろう。
「自分は嘘などついたことがない」というのは、人類最大の嘘であることは明白なのだから。
ところで、人間は嘘をつくのが得意であるというか、嘘をつくのが好きなのは疑いがない。これも、自分を見れば納得するだろう。
ただし、人の嘘を見抜くことは苦手なのだ。
これはいまのSNS社会では重大問題だ。「よく嘘をつくが、だまされやすい」と言うことは、世の中の情報はほとんどが嘘と考えざるを得ないことにならないだろうか。果たして極論だろうか.。
物事には見る方向によって違う意味を持ったり、違う形に見えたりすることがある。決して白か黒かでは決められないことが多いにもかかわらず、なぜか今の社会は「正解」を常に求めたがる。勝ち負けを決めたがる。それが故に、社会との関係を絶つものや、「嫌われないために」全ての自分を放棄するものまで現れ、自己が崩壊していく。
ではなぜ、「だまされやすい」のか。それは、生きていくための様々な情報を他者からもたらされているからだ。つまり今までは、誤った情報や意図的な錯誤情報よりも、圧倒的に生きるために必要な情報を他者から得てきたのであり、それに比べれば嘘の情報やだまされることの損害は大きくないからである。
特に、自分が聞いて嬉しい嘘はすんなり信じ込む。そして一度気に入った嘘には科学的反証があろうと無かろうと、固執する。
はてはて、人間というものは。じゃんじゃん。
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