愛着の問題 その7 愛着スタイルと対人関係2013年08月23日 14:28

 長い盆休みも終わって、少しだらけています。それと夜あつくて寝苦しかったことが加わりましたよね。
 なんて、誰に言い訳しているのでしょうか。

 いよいよ愛着問題は決着に向けて動きます。結論の一つ前ですが、愛着スタイルと対人関係や仕事、愛情の章です。ここでは、前回のスタイル特徴をさらに詳しく解説されています。

 まず、「安定型」ですが、このタイプの人は、自分が信頼している人がいつまでも自分を愛し続けることにみじんも疑いを持ちません。したがって、困ったときは素直に助けを求めます。そもそも人がどういう反応をしてもあまり左右されない、自分の気持ちを偽ってまで相手にあわせるよりも、自分の考えをさらけ出した方が誠実であり、お互いの理解につながると考えます。仕事ではともに楽しみながら、取り組むことが自然にできます。

 次に「回避型」は、まず対人関係で距離を好む傾向にあります。親しい関係は重荷に感じます。葛藤と直面すると、自分から身を引いて収拾を図ろうとしますが、これはそれで自分を守ろうとするから。対人関係のみならず、仕事や愛情に対して淡泊な反応をします。ある研究によると、回避型の人は感情が絡みそうになると、自分でその情報をシャットアウトしてしまうという防衛メカニズムを持っていることが確かめられました。
 しかしその結果、相手の表情や会話の内容を読み間違える事が多く見られ、表情や感情表現が乏しいと言われています。その一方で葛藤の場面に弱いため、ストレスが加えられると攻撃的になったり、相手の痛みに無頓着になったりします。仕事や趣味では、自己主張が強くなります。それはそこが聖域であり、誰にも犯されたくないからと考えるからです。愛情面では、相手が困って助けを求めることについて、怒りを持つようです。頼られることは面倒事を持ち込むことになるからです。

 「不安定型」です。一番の関心事は「人に嫌われていないかどうか」です。ですから、終始周囲に気を遣うのですが、周囲はこの人が思うほど気にしませんから、空回りすることが多くなります。相手の表情には敏感ですが、早とちりすることも多くなります。また、少しでも相手が拒絶の意志を見せると、過剰反応しやすくなります。相手をズタズタにするような言葉を投げかけるのは、相手が自分をおろそかにしているという被害感によるものです。自分が相手を思う分相手にも同様な思いを求めるのです。
 対人関係では、べったりとした依存関係を好み、相手を自分の一部と考えるようになります。しかし、一方で「両価的」な心の側面があります。それは、求める気持ちと拒絶する気持ちの両方があると言うことで、幼少時に過保護である一方、親の意に沿わないときには強く拒否されるという極端な経験を持っています。たとえば、仕事上での相手があからさまな関心を示した場合、安定型では仕事の能率が上がりますが、不安定型では逆に下がります。これは、両価的な葛藤を引き起こし、集中力を下げるからです。
 また、愛情では、自分が愛されているときは自分に大きな価値があると感じますが、愛されていないと感じたとたん、自分が無価値だと思います。それ以上に相手の無関心に対する怒りや敵意が自分に向きやすく、自己嫌悪におちいって精神的不安定を招きやすくなります。

 最後は「恐れ・回避型」と言うことになりますが、これは“人間嫌いだけど、人の反応に敏感”というややこしいスタイルのことです。一人でいることは不安だが、親密になった後に傷つくのもいやという信じたいけど信じられないジレンマを抱えます。
 このスタイルの人は養育者との関係で深く傷ついた経験を有し、まだ未解決の場合や、混乱したりするものです。境界性パーソナリティー障害は愛着の観点で言うと、この混乱に逆戻りしたといえるそうです。
 この例として夏目漱石があげられていました。漱石は自分を表現するのが下手で、文学作品は自分を隠蔽しつつ自分を表現するというバランスの結果だとされています。自分の評価にも敏感で、少しでもないがしろにされると怒りを爆発させるため、職場を転々とせざるを得ず、身体的には被害妄想や幻聴などの精神症状や胃潰瘍を抱え、それが高じて命をなくしたと言うことでした。

 ふと、自分はどうだろうかと考え込んでしまいました。全部違うような気もするし、全部当たっているような気もするしで、混乱してしまいます。
 実は、パーソナリティーの診断では、妄想性やスキゾイドパーソナリティ障害の傾向があるということで、人と接触することはあまり得意でないとされていました。これには納得しましたが、職業柄、そんなこともいっていられないので、今まで比較的混乱なく過ごせたから、まあいいかと納得もしています。
 皆さんはどうでしょうか。じゃんじゃん。