愛しき日々 その7 ― 2017年06月11日 10:16
認知症の続き。
先日も様子を見に行ったら、お袋は相変わらず部屋にこもったままであった。飯は作って食べているらしい。
これは、困ったことではあるが、もしかすると認知症とはいえないくらいの初期段階と考えた方がいいかもしれないと、少しうれしくなった。
なぜなら、認知症であれば、昨日のグダグダはすっかり忘れているはずであるのに、忘れていないのだから、これは慶事ではなかろうか。
もう一方の考えとしては、「妄想」が継続しているとすれば、認知症で言うところの「中期」と言うことになる。
とはいえ、親父が顔を見たところ少し疲れ気味であるみたいで、その方が心配である。本当にあの二人は、二人で一セットみたいなものと考えざるを得ない。
洗濯もして、干してあったから、日常の生活事項はできているようだが、そうすると、何がきっかけで機嫌が悪いのか、全くわからなくなる。
これからは、気温が高くなる。14階に住む彼らの部屋は景色こそとてもいいが、日の入りがほぼ一日中あって、本人たちの脱水の心配と、調理場・台所の衛生状況が心配である。
行く度に清潔になるよう心がけてはいるが、どうも我が家にはない臭いが台所の周辺にいつもあって、原因を突き止める必要があるだろう。
認知症の世界と我々の普段住む世界とは全く違うのだという解説が、多くのところで見られるが、おそらく65歳の我の意識はその境目を、いわゆるスペクトル的に位置づけられるのだろう。
だから、そのうち、親たちの世界がわかるようになるのかもしれない。いつか。まぁ、それまで生きていればの話だが。
実は、その後、父の91歳の誕生祝いを行きつけの寿司屋でしたところ、お袋の機嫌も直っていて、なごやかに過ごすことができた。
また、19日から週3回程度配食サービスを受けることと、週1回の入浴サービスについても合意ができた。この辺までの話はとんとんと行ったが、要するに本人たちの気持ちが弱ってきたことの証かもしれない。
まぁ、それはそれで、いいんでないかい。じゃんじゃん。
先日も様子を見に行ったら、お袋は相変わらず部屋にこもったままであった。飯は作って食べているらしい。
これは、困ったことではあるが、もしかすると認知症とはいえないくらいの初期段階と考えた方がいいかもしれないと、少しうれしくなった。
なぜなら、認知症であれば、昨日のグダグダはすっかり忘れているはずであるのに、忘れていないのだから、これは慶事ではなかろうか。
もう一方の考えとしては、「妄想」が継続しているとすれば、認知症で言うところの「中期」と言うことになる。
とはいえ、親父が顔を見たところ少し疲れ気味であるみたいで、その方が心配である。本当にあの二人は、二人で一セットみたいなものと考えざるを得ない。
洗濯もして、干してあったから、日常の生活事項はできているようだが、そうすると、何がきっかけで機嫌が悪いのか、全くわからなくなる。
これからは、気温が高くなる。14階に住む彼らの部屋は景色こそとてもいいが、日の入りがほぼ一日中あって、本人たちの脱水の心配と、調理場・台所の衛生状況が心配である。
行く度に清潔になるよう心がけてはいるが、どうも我が家にはない臭いが台所の周辺にいつもあって、原因を突き止める必要があるだろう。
認知症の世界と我々の普段住む世界とは全く違うのだという解説が、多くのところで見られるが、おそらく65歳の我の意識はその境目を、いわゆるスペクトル的に位置づけられるのだろう。
だから、そのうち、親たちの世界がわかるようになるのかもしれない。いつか。まぁ、それまで生きていればの話だが。
実は、その後、父の91歳の誕生祝いを行きつけの寿司屋でしたところ、お袋の機嫌も直っていて、なごやかに過ごすことができた。
また、19日から週3回程度配食サービスを受けることと、週1回の入浴サービスについても合意ができた。この辺までの話はとんとんと行ったが、要するに本人たちの気持ちが弱ってきたことの証かもしれない。
まぁ、それはそれで、いいんでないかい。じゃんじゃん。
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