「他人を攻撃せずにはいられない人」片田珠美より2014年03月06日 09:45

 この本はおもしろいです。(PHP新書895)
 筆者は精神科医ですが、精神分析の専門家でもあり、臨床経験から、「攻撃欲の強い人」について解説するとともに、ターゲットになって診察に訪れた人の分析もしています。
 第1章 「攻撃欲の強い人」とは
 第2章 どんなふうに壊していくのか
 第3章 なぜ抵抗できなくなるのか
 第4章 どうしてこんなことをするのか
 第5章 どんな人が影響を受けるのか
 第6章 処方箋-かわし方、逃げ方、自分の守り方
 この書の中から描き出される「攻撃欲の強い人」を代表的に表現すると、「能力は低いが、自己愛は強く、人との比較の中で浮かび上がろうとするため、ターゲットを見つけてつぶしにかかることを、自分のためと信じて疑わない人」と言うことなのかもしれない。
 我が業界にも、特に大昔は、こんな人ばかりだったかもしれない。「声が大きい人の勝ち」がまかり通っていた。
 しかし、だからって、つぶされて精神病院に通っているなどとはあまり聞かなかったような気がする。どうだろうか。
 たいていの場合、そういう人は多くの人からの信用を失い、相手にされなくなり、さびしく職場の隅でどうと言うこともない仕事をして、退職してからは、思い出されもしない。
 昔、私は、その職場(労働組合のローカルセンター)で一番若かった。釧路から移転してきて、初めて出勤した一番最初に「朝、飲み物は何にしますか」と聞かれたから、「(それはご親切に)コーヒーがいいです」と応えたら、あとで、「生意気に、コーヒーよこせだって」と言っているよと、教えてくれた人がいた。私はまさにターゲットだったのだろう。

 「他人を攻撃」というのは、上司の場合はパワハラになるし、同僚の場合でもパワハラかモラハラ(モラルハラスメント=いじめ)になる。
 もしその結果、受けた側に損害(メンタル不調や心身症)が発生したら、損害賠償が請求できることになる事は自明。

 私は、その他、いろいろその人からは嫌がらせのようなものを受けた覚えもかすかにあるが、仕事の方がおもしろくて、相手にもせんかったから、こちらとらは何ともなかった。
 しかし、この書の中には、ターゲットになりやすいのは「おとなしい人」が多いとされている。おとなしい人は自己主張も自己防衛も苦手で、しかも、他人の目を気にするタイプであり、波風を嫌うタイプでもある、ということらしい。
 ん~ん。これは私ではない。だからターゲットにはされたけど、支配されることはなかったのか。
 どちらかというと、偏見ととらえられたらごめんなさいだけど、ターゲットは女性に多いタイプかもしれないね。女性はネットワークの中で社会的に生きるから、村八分にされることを一番嫌うしね。
 それとマザコン男かな。さらに言うと成功体験の少ない、小さいころから親に怒られてばかりいる発達障害とか、支配的すぎる親に育てられた人とか、ターゲットになることが見るからに予想される人も、まあ、多くなったのかもしれない。

 一方、攻撃力の強い人に共通しているのは、まず、信念がなく、能力の低い人。ただし、いわゆるあら探しの能力や人をこっぴどく批判する、責任を転嫁しても気にならない能力などは高い人と言うことになる。
 これは、偏執的な自己愛であり、高すぎるプライドでもある。

 したがって、こういう人と対峙するときは、自分のプライドに固執せず、事実を明確に意識することが必要になる。
 例えば、「おまえが俺に逆らってばかりいるから、子どもが非行に走るんだ」と決めつける夫や、「きちんと資料をまとめておかないから契約に失敗した」と責任を押しつける上司がいたとしたら、どうしても「自分のせい。自分の責任」と考えやすいが、もちろんそれが事実であれば素直に反省することも必要かもしれないけど、相手が理不尽であれば、相手のかき立てる「罪悪感」に乗らないようにすべき。
 「乗る」ことは、自分のプライドは満足させるかもしれないが、それほど大きな能力(他人を常に幸福にする神様のような)は持ち合わせていないと知るべし。
 その上で、「私にはそんなすごい能力はない」、「他人のせいにするのは簡単だよね。」と反撃する勇気を持つべきだろう。
 なぜなら、「根性曲がりにつける薬はない」のが大昔からの普遍的な定説だから、関わらないのが一番だけど、攻撃されたら、反撃が最大の防御というのも真実。
 てか。じゃんじゃん。

部下とのコミュニケーションは異文化交流?2014年03月07日 10:58

 2月4日、東京銀座ブロッサムにて、中央労働災害防止協会主催の「平成25年度心の健康づくりシンポジウム~職場が変わる、いま必要なコミュニケーションは?」が開催された。

 まず、筑波大学松崎一葉教授による「未熟な部下を成長させる上司のコミュニケーション術」のテーマで基調講演。「未熟な部下」とあるが、「未熟型うつの部下」に対する対処方。
 産業医学の現場から見た鬱は次の2つで、1つは消耗型。過重なストレスが原因で過重労働による心身の電池切れであり、やりがいと目標喪失による燃えつきが特徴である。もう1つは未熟型。人格の未熟が原因で、自己愛が強く、根拠のない万能感、嫌いなことはしたくない、反省せず、他罰的、失敗は上司が悪いという。その背景はこうである。切れやすく攻撃的で、周囲に陰性感情を呼びやすいものである。又、歪んだ自己愛として失敗を曝すことができず、情緒的コミュケーションができない(デジタルなコミスキルは十分なのだが)。乳幼児期に親から共感されていないのが要因とされるが、発達障害もしかり、「未熟型うつ」は、周囲から共感されず、職場不適応となって問題が生じるのである。
 対処のポイントでは、①支援する側は腹がたってくるが、陰性感情を処理して、②共感的コミュニケーションを成立させること、③そのためには、関係性維持の保証が必要である、つまり「俺はお前を見捨てないよ」と一定期間絶対的支援者(親代わり)となること。そうした安定した枠組みの中で、誇大で非現実的な願望を否定せず受け止め、「この会社で何を目指すか」「今、何をするべきか」を一緒に考える。差別せず区別し、排除せず一定期間支援すること。歪んだ自己愛を現実検討に導く。あるいは、エルダー制度、つまり5年程度の年齢差で関係性を維持できる、見捨てない先輩を活用するなどもある。結論として、会社は人を育てるところであり、心を病ませる場所ではない、と締めくった。

 次に4人の報告者が続く。まず、(株)三井化学人事部健康管理室室長の土肥清太郎氏は、精神障害と脳・心疾患の労災補償状況などメンタルヘルスの全体的状況の説明の上で、自らの企業のストレス調査結果を基に、①組織のメンタル風土は上司の支援などの職場コミに大きく依存している可能性が高い、②部下は、思った以上に上司の行動を含めたコミや努力を感じ取っている、③上司は、思った以上に部下へのコミュニケーションに注意と努力を払っている、と整理し、次に、人々の協調行動が活発化することで社会の効率性を高めることができ、社会の信頼関係、規範、ネットワークの重要性を説く概念が、ソーシャル・キャピタルであること。産業保健ではそのソーシャル・キャピタルの向上を積極的に推進することが望まれ、そのためにはコミュニケーションの向上が重要である。基盤的コミュニケーションを醸成して、コーチング的、能力開発的、パーソナリティの偏り・ストレス耐性が低い人へのコミュニケーション、支援的・共感的コミュニケーション等目的を合わせたコミュニケーションが求められる、とまとめた。

 「SNSの普及と職場コミ」と題する2番手、(株)ピ-スマインド・イープル国際EAP研究センターの副センター長である渋谷英雄氏は、現場感のあるメンタルヘルス研修の講師を行っているが、非対面におけるカウンセリングのあり方を提唱している。SNSとはソーシャル・ネットワーキング・サービスのこと。SNSにおけるトラブルハラスメントにどう対処するか?リアル以上に、クリック前に一呼吸をおくこと、感情の吐露は他人の心を乱す可能性がある、未確認情報を拡散しない、個人情報については事前に本人に開示許可を得る、と氏は念を押す。職場のトラブルを防ぐものとして、SNSに関しての上司編・部下編を整理。ネットとスマホ依存度チェックに関しても説明があった。

 三番手は、(株)ダイバーシティ・マネジメント研究会代表取締役河谷隆司氏の「グローバル・ダイバーシティの時代を生きる知恵」のテーマによる報告。氏は、日本人の文化特性に合った異文化マネジメントのあり方を求めて世界各地を歩く。報告の皮切りとして、現地社員と日本人のクロストーク典型例のエピソードをとして。「問題解決とオープンディスカッション」に関して、現地社員の声は、「本当の話し合いがありません」に対し、「会議をしても提案がでないじゃないか」の対応。さらに、「提案を取り入れてください」の要望に対し、「上司を説得するぐらいの気構えを持ってほしい」とあまりにも落差が大きい。大切なのは対話を通して異文化の人を導くことだが、我々の意図・真意が理解され協働効果を発揮できるものとして、「対話型リーダーシップ・プロセス」5つの行動原則を唱える。すなわち、①意味を伝える~前提・期待・考え・感情とその根拠を伝える、②相手を巻き込む~当事者意識を植え付け、自立行動を促す、③チームで働く~一緒に働き、チームの一体感を醸成する、④協働する~協力を超えた協働でシナジーを生み出す、⑤違いを尊重する~個人の違いを肯定的にとらえ、活かす、と。アジア現地社員の5大モチベーターは、帰属欲求、共有欲求、認知欲求、成長欲求、創造欲求だが、そのうちの認知欲求の大切さを強調する。その対応方法は、「相談する・意見を聞く、3レベルのフィードバックを毎日行う・直接ほめ、全員の前でも伝達する・努力や苦労に気づき声かけること」が大切。総じて多様な相手と一緒に働くと想像力と競争力が高まる、と結論付けた。

 最後に「スギ薬局グループのメンタルヘルスの取り組み」と題する、(株)スギホールディングス副社長の杉浦昭子氏。現在グループ約900店舗を展開、かかりつけ薬局としての専門性を追求し、在宅医療、訪問看護にも対応できる地域医療対応型ドラックストアとして、地域への貢献に邁進している。まず、氏は経営者として、いつも、従業員に大切にするよう伝えていることが2つある、という。それは3K、つまり個人・家庭・会社であり、自分の健康である。「自分を大切にできなければ、お客様を大切にできない」という思いが、創業からの原点。それがメンタルヘルス対策につながったのでは、と控えめに語る。対策は産業医との連携からスタートする。メンタルヘルス推進室を創設する。メンタルヘルス110番で受付をする。そこまでは他会社で実施しているが、画期的なのは、東北震災被災者の雇用がある。そして、会社は練りにねったメンタルヘルス面談を開始する。管理者に傾聴等の基礎を徹底教育して。予防・早期発見・早期対応・再発防止・復職支援・自殺防止という多面的な状況への相談体制・対応が必要と考える。面談シートはきめ細かくて、もちろん人事考課面接とは別に実施する。身体・精神・家庭・環境・業務・プライベート等を網羅した内容ツールに構成されている。その効果は休職者がもちろん減少。管理監督者のメンタルヘルス研修を集中的に実施しているが、人的管理意識が飛躍的に向上した。うつ病を発見できるのは職場しかない。周囲で協力してコミュニケーションを緊密にし、小さな変化も見逃さないようにする。笑顔で仕事ができるように、より良い人間関係と働きがいのある職場の実現をめざすと、自信溢れる報告であった。
 
 以上は産業カウンセラーのU氏に参加してもらってのレポートである。
 ん~ん。おもしろそうだったね。じゃんじゃん。

遠軽に行ってきました2014年03月10日 11:28

がん望岩
 遠軽の労福協(労金・全労済など)のお招きで、3月7日に行ってきました。テーマはいつもの「メンタルヘルス」(今回は基礎編)
 だけど、この前の低気圧が3日も居座る悪天候の中、旭川までは「L特急」でしたが、途中美唄から上では、窓の外を跳ね上げた雪が「バシャバシャ」と音を立て、まるでラッセル車に乗っているおもむきでした。正直「途中で乗り上げて止まったらどうしよう」という予期不安が・・・
 とりあえず6分遅れくらいで、旭川について、ほっとしましたが、旭川は雪がモサモサ降ってました。
 なぜ旭川でおりるかって?急行きたみに乗り換えるためなんだけど、ちょうど昼過ぎで、旭川ラーメンを食べるためでもあるさ。
 どこにしようとずっと考えていて、駅の近くが条件だから、前に来たときは「わかば」だったから、今回は「梅光軒」にしたら、あらら、大外れ。何とも表現のしようがないけど、二度とはごめんします。
 不満たらたらで駅に戻って、15:05分の急行きたみに乗ったら、まず1両きりなのにびっくり。乗車率は70%位なんだからもう一両つければいいのにさ。
 それでも、当麻、上川と過ぎるうちに少し空いてきて、ゆっくりはできましたけど、外は相変わらずの雪で、石北越えるころには、また、バシャバシャとラッセル状態。だけど急行きたみはこんなモンだよとばかりにがんがん峠を登りました。
 峠を過ぎると、ありゃりゃ、道路がアスファルト見える状態で、全くの様変わり。当然急行きたみはがんがん飛ばします。
 遠軽にはほぼ定刻で着きました。やっぱり雪はほとんどなくて、地元では多いかもって言ってたけど、札幌や途中に比べたら、ほとんど無いってさ!

 とりあえず、用意してもらったホテルにチェックインして、テレビ見てたら、あらら、天塩で救急車がひっくり返ってやんの。あそこはひどいんだ!特に遠別から天塩は。

 夜は福祉センターで学習会。主催者に労金と全労済の担当者が挨拶して、おいらの出番で、1時間5分話しました。まあ、わかってくれたと思いますが、40名ほどのうち15名くらいは退職者で、ちょっと面食らいました。

 終わってから、寿司屋の2階で大宴会。ほとんど全部が参加していたから、まごうかたなき大宴会。退職者はかたまって座って、そりゃあもう元気に大宴会。ちょうど6年遠軽にいた労金のK所長が定年で札幌に戻ることもあって、まあ、送別会だったね。
 こうやって、地方では顔の見える連合運動が脈々と続けられるんだね。いいこった。
 10時くらいにはねて、ホテルに歩いて戻ったけど、つるつるでさ。危なく転ぶとこだったい。けど、思ったより暖かかった。

 翌日は、なんといい天気。
 9時半にホテル出て、駅に。何か土産でもと思ったけど、何もなくて、熊のチョコレートケーキを買いました。
 10:18の急行きたみで、旭川に。全く順調。ただ、ベッドが硬くて枕も高くて、よく寝られなかったので、途中は比較的睡眠、睡眠。
 旭川でおりたら、また雪がモサモサ降ってました。
 旭川ラーメンは懲りたから、蕎麦でもいいかなと思っていたら、山頭火の本店があったから、やっぱりラーメンに。
 少し待たされたので、そこに貼ってあったアルバイト募集を見ていたら、見事に最低賃金そのまま。店は混んでいるのにアルバイトの新入り見たいのはただウロウロするだけみたいで、安く人を使うってのは、いかがなもんかの見本みたいだね。
 味は、まあまあ。だけどどうしてか蕎麦どんぶりでラーメン食わすの。よくわかんないね。
 旭川からは、13:55のL特狙いだったけど、13:18分にオホーツクが来るから、その自由席に乗ろうと思ってホームに上がってみたら、あらりゃ、たくさん並んでいて、案の定ほぼ満席。なんとか座って、札幌までつきましたとさ。

 これで、地方シリーズは5月の帯広までありません。これも電話が1度来たきりだから、まだ?状態。
 とにかく、ホテルはベッドが硬いのがまいります。腰に良いってのが理由かもしれないけど、なんとかしてほしいモンだ。
 それにしても、ほくろうビルの4階でぶすぶす燻っているより、よほど地方の方が、心の健康にはいいやね。
じゃんじゃん。

やはり深刻に考えてみるべきだべさ 労働運動って?2014年03月14日 10:15

 以下は東京安全衛生センターのTさんがあるブログに書かれたものです。
 残念ながら、私にはTさんに匹敵するような知識がないモンですから、勝手に引用させてもらいました。

「労働安全衛生問題は“労働者を人間として尊重しているのかどうか”」

 2月末、「労働安全衛生からみた労働運動の課題」 のテーマで報告する機会がありました。
 労働安全衛生については、多くの労働者にとって正直関心がありません。関心をもってもらおうとすることは難しいことです。
 労働組合では 「団結」 が叫ばれます。しかし労働安全衛生の視点からは職場環境の問題も捨象し、個人的問題には取り組まないという宣言としか聞こえません。
 かつて労働組合は社会的に大きな存在でした。吸引力がありました。
 戦後の労働組合は、多くの場合、戦中の産業報国会の焼き直しとして登場しました。ですから上位下達の指示系統と統制・規律の性格を色濃く持っています。それを 「団結」 と捉えて来ました。
 「労働組合がたえずいだいていた自負は、自分たちこそが社会正義を体現していて、自分たちは社会の進歩を推進していく勢力だ、ということであった。……今日では、労働組合の軸に置かれていた思想自体が動揺にさらされているのである。だから新しい基軸になる思想をつくりださないかぎり、労働組合が社会変革の大きな勢力として再生されることはないだろう。そして、労働組合と同じような矛盾のなかに、私たちの労働の世界も置かれている。なぜなら、どのような思想で自分たちの労働を考えたらよいかは、現在の私たち自身の課題でもあるのだから。」 (内山節 『戦争という仕事』)
 「従業員の間に存在した差異、あるいは格差と、それに由来する心情の差異へのまなざしを鈍らせる役割を果たしていたのが、あるいは以外に聞こえるかもしれないが、『労働者階級』 という概念の日本独特のあり方だったといえるであろう。」(市原博 「『労働』 の社会と労働者像の変容」 『戦後日本社会の歴史』 収録 岩波書店)
 実は 「労働者階級」 という宙に浮いた言葉が真の 「団結」 を壊しているのです。

 報告では長時間労働問題など最近の具体例をいくつかあげましたが、炭坑・炭労の歴史から問題を掘り下げてみました。

 三井鉱山では1953年、九州と北海道で 「英雄なき113日の闘い」 に勝利します。
 三池労組では戦後の民主化闘争の中で、組合員全員の名前を 「さん」 付で呼び合う運動を展開します。そのような中で下請労働者の本工化要求を勝ち取ります。「みんな 仲間だ 石炭掘る仲間……」 (「三池労働組合の歌」) を実感させます。
 三池労組は53年の 「英雄なき113日の闘い」 に勝利し、保安の問題などを追及するなかで、職場単位で労組との交渉権を認める、いわゆる 「現場協議制」 を勝ち取って行きます。このような三池労組を潰そうしてかけてきた攻撃に反撃したのが三池闘争です。

 「1953年に太平洋炭坑では完全請負給は廃止された。作業の基準量に追いまくられる請負給の廃止は、労働者の年来の要求であったが、他のヤマに先がけていちはやく実現したのは、資本の側にもカッペ採炭の本格化と切羽集約によって大幅な能率の上昇ができ、しかも将来の機械化を展望すれば、能率の上昇にともなってどんどん上がっていく請負給よりは定額給にしておさえたほうが得策だという太平洋資本の独自の蓄積の方向にもとづく事情があったためである。」(太平洋炭坑労働組合編集 『太平洋炭坑労働組合 三十年史』)
 50年頃からアメリカやドイツ製の機械が導入され始め、特にドイツ製で発達したカッペ採炭法は大手炭鉱で採用されました。これにより切り羽の出炭量は増えたが、請負給も増額になりました。経営者は人件費を抑制する手段として定額給を導入します。労働者は実質的賃下げになりましたった。しかし労働組合は見積もり単価を決定する際には職場代表を交えて決定せよという要求を掲げて交渉し、一旦は下がった単価を上げさせました。
 この闘いは職場闘争の端緒となりました。

 54年8月31日、ガス爆発事故が発生し、39人が犠牲となりました。
 この事故を契機に職場闘争は本格化します。それまでは職場保安自治会は会社への協力機関だったが、職場の大衆的な力で保安委員会や自治会の決定事項を実行させる闘いの場へと変えていきました。労働組合は、それまで有名無実だった各抗口、抗外の職場闘争委員会を再編成するとともに、抗口に労働部担当執行委員を常駐させて指導を強化させます。そして各抗口に集まる要求を組合でまとめ会社との交渉にあたっていきました。
 経営者にとっては、機械化をはかっても職場闘争の発展は生産性を向上させるには障害となります。そのため職制支配を強め、職場規律の確立を推し進めました。さらに石炭のコストを引き下げるため、坑外の付属施設を切り離して独立部門にするなどの提案を行ってきました。

 西で三池闘争が闘われている最中、北でも攻撃が続いていました。
 三池闘争の敗北後も、太平洋炭坑では合理化反対闘争が闘われていました。しかし62年4月から災害が相次ぎます。62年4月から11月までに7人が死亡し、1日あたり6件強の災害が発生しました。合理化に災害は付いてきます。まさしく人災です。
 63年1月27日、労働組合は重大災害に抗議して1時間ストを決行。ストに際し、執行委員会は幹事会に文書を提案します。
 「われわれの内部にも、炭鉱には災害がつきものという観念があります。本当に炭鉱から災害をなくすことはできないのだろうか。いやできます。それは科学的技術的に可能です。われわれはそのためにこそ保安第一を唱え、技術的対策を要求してきました。これまでの災害について“労働者を人間として尊重しているのかどうか”という観点から分析してみると、真の原因が本人の不注意とか不可抗力によるものはほとんどありません。われわれのなかに、災害はカンと経験だけで防げるという考えやまちがった度胸と誇りや責任をもったり、作業要綱や対策を正しく運営する積極的な姿勢を欠いているところに問題があります。今度の抗議ストは保安確保への会社にたいする抗議と、われわれ内部の意思統一を目指しておこすものです。」

 66年、死亡事故が続きますがこの年の死亡者4人はすべて社外員と呼ばれる下請労働者でした。低賃金を個人で克服するために長時間労働を行っていました。そして危険とわかっていても改善要求は出来ない従属関係のもとで沈黙を続けていました。事故は、直轄労働者との大きな差別のもとで、低賃金と無権利の状態が引き起こしたことは明らかでした。

  地の底から 地の底から 
  怒りが燃え上がる
  この切羽で この切羽で 
  仲間が息絶えた
  金のためなら 人の命も奪い去る
  やつらに怒りが燃える

 この 『人として生きる』 の歌は、このときの情況を歌ったものです。
 労働組合は、「同じ坑内に働いていて死んでからも社外員という差別で弔慰金が少ないのでは、労働者の結束はない」と弔慰金を炭労と同額にすることを要求しストライキを構えて獲得します。労働組合は、以後もこの姿勢を貫きました。
66年、経営者は賃金体系を変更し、人事考課を折り込んだ 「新職能給」 制度を提案してきました。これに対して労働組合は、月給化の方向をめざす要求をまとめ、勤続・年齢に基づく 「基礎給」 の新設を勝ち取り、はじめて部分的ではあるが、月給化を実現させました。

 68年、経営者は第3次長期計画を提起します。
 機械の高能率化のなかで、人員体制のアンバランスが生じていました。これに対して労働組合は「なすがままにして、なし崩しに 『合理化』 を受けるより、私たちの力でそれをくい止めてできるだけ労働条件を引き上げる」方針を選択し、「大職種制」 とそれにともなう賃金体系の改訂に取り組みます。
 「大職種制」 は、機械化の進展によって各職種の人員と作業範囲にアンバランスが生まれ、基本的には切羽から人がはじき出され、間接職種は切羽のスピードについていけない状態にあったのを、人員はそのままにして作業範囲を大幅に改訂し、協業部門を取り入れることによって解決しようとするものです。
 それに伴って賃金も職種給の改定や生活保障給の賃金体系要求がおこなわれます。
 経営者の労務課長は後日、次のように述べています。
 「今回の大職種編成のような問題は、普通、学者やコンサルタントに頼んで、面倒な職務調査や職務分析を経てつくりあげられるのが常識であるが、当社の大職種編成は、実際に毎日坑内の現場で働いている労働者自らの手によって組み立てられた。ここに私は大きな意義があると思う」
 組合員の一部からは 「労使協調」 と批判されましたが、労働組合が具体的対案を提出して改善を勝ち取っていきました。労使協議は経営者のヘゲモニーで行なわせるか、労働組合が仲間作り、心身ともに働きやすい職場環境作りの方向から取り組んで提案するかで結果が大きく違ってきます。

 後藤正治著 『はたらく若者たち1979~81』 (岩波現代文庫) は北海道・北炭夕張新鉱の情況を紹介しています。
 81年10月16日、北炭夕張新鉱でガス突出事故が発生し、死者93人を出しました。
 「夕張新鉱は、75年に開鉱した全国でも最も新しいヤマだった。その採炭技術と機械力においては最新鋭のヤマだった。炭もカロリーの高い原料炭である。カロリーの高い炭ほど、炭にふくまれるガスの含有量も多い。
 最新の採炭技術と機械力の資本投下と同じように、悪い自然条件に対応するための保安面における設備投下はおこなわれたのだろうか。事実は、採炭部門の設備投資と逆比例するかのように、保安面は手抜きされていた。……では、そのような保安上の問題について、現場の労働者はなぜ声をあげなかったのだろうか。この点は各方面からも指摘されている。……答えは、馬の鼻づらにニンジンという請負給制度にある。……
 どのヤマでも、収入の6割以上は請負給という仕組みになっている。さらに北炭のばあいは、切羽請負のほかに、ヤマごとの全山請負という他のヤマでは例をみない得意な二重の請負制度がしかれている。
 『請負給やめて全部月給制にしたらヤマの事故の大半はなくなるよ』 ――村上清人・三井砂川炭鉱労組書記長はいいきる。
 唯一月給制がひかれているのは、釧路にある太平洋炭鉱である」

 太平洋炭鉱は日本で最後に閉山になったヤマです。
 ガスが少ないので事故が少なかった、機械の導入が早く、早期に合理化を進めることができたので他の炭鉱に勝つことができたなどの理由が言われてきました。しかし一番の理由は人事政策です。
 安全衛生問題の取り組みは“労働者を人間として尊重しているのかどうか”の視点から始めなければなりません。

 これを読んでどう感じたでしょうか。
 私は100%同感です。
 企業や公務の職場では、必要以上に固定費の削減が行われていないでしょうか。働く人の気持ちを委縮させて、競争が煽られ、人前で辱められても、家族のためにとがんばっている人がたくさんいます。
 本当は違いませんか?
 労働組合が本来の気構えを取り戻すためには、大きく変化させる必要もあるのです。
 どのように?それはフェイストゥフェイスで話しましょう。
 じゃんじゃん。

「働く人のための睡眠知識と技術」 労働科学研究所セミナーに参加して2014年03月17日 10:02

 以下は、病院の看護師をしているTさんの参加報告です。

 私は看護師をしており、普段の業務時間は、日勤業務の他、16時間の夜勤業務、日勤業務後の当直業務を行っています。毎日の仕事が忙しく、業務時間では業務を終える事ができず、仕事を持ち帰り行う事もあります。また、交代制の勤務をとっていることから、家族の睡眠時間への影響を考え、仮眠をとる時間にも苦慮しています。
 そのような現状から、睡眠について考える機会は多くありますが対処方法が分からず、睡眠時間を削っていました。これらの睡眠問題とその対処法について考える機会としたくこのセミナーに参加しました。

 現代における労働の特徴として、それ自体が、長時間過密労働、24時間労働、感情労働などにより、睡眠が阻害されやすい労働環境にあります。看護師の仕事もまさにそのような環境にあると感じています。働く人の睡眠を考える時に、
1.疲れていればいつでも沢山寝られるのか?
2.睡眠時間が短くても熟睡出来れば問題は無いのか?
3.夜勤者の睡眠対策は昼夜逆転の生活に出来るだけ早く慣れることでは?
 これら3つの問いに対して、様々な研究やレポートを元に解説されました。
1.の 「疲れていればいつでも沢山寝られるのか?」の問いには、長い睡眠でも、短い睡眠でも徐波睡眠(ノンレム睡眠・深い眠り)の時間(2割)は変わらない事。また、スムーズな入眠には床に入る前に2時間程度のクールダウンの時間が必要なことも分かりましたが、時間外労働が多くなると、このクールダウンが十分確保できないため、質の良い睡眠がとれなくなると説明されました。直前まで仕事をして無理に眠りについても、睡眠の質が低下しますし、夜勤前などの仕事前の睡眠は起きなくてはならないという不安感が高く、その状態では徐波睡眠はとれないそうです。私も、むやみに睡眠時間を確保しようとしていましたが、半日リズムや、概日リズムを考えた時間での睡眠が有効であることを学び、睡眠をとる時間も考えていこうと思います。

2.の 「睡眠時間が短くても熟睡出来れば問題は無いのか?」については、徐波睡眠は回復のための睡眠であり、「5時間睡眠(短時間睡眠)を繰り返し行うと、3日目でレム睡眠(浅い睡眠)が多くなり、心拍も上がって循環器系に負担が出る。」というお話に驚きました。また、「寝だめ」の効果は、かなりの時間寝て、かつ続けて寝ないと効果がないと言う事が分かり、私は、夜勤前に「寝だめ」をしていましたが、意味のない事であった事が分かりました。

3. 「夜勤者の睡眠対策は昼夜逆転の生活に出来るだけ早く慣れること?」では、長時間夜勤の朝方には、反応時間が「酒酔いの状態と同じである。」との説明に、驚くと同時に、患者の命を預かる仕事をしている看護職は、この睡眠問題を解決し、安全と安心の業務が行えるように、医療現場の業務時間の改善が必要であると感じました。特に帰り通勤の運転には注意が必要です。

 最後に「働く人の睡眠対策のポイント」について、① 夜間に睡眠(仮眠も)をとる、② 寝付きを良くする、③ 睡眠環境を整える事が睡眠対策のポイントであり、特にスムーズな入眠のためには、強い光を見ない(寝床でのスマホは禁止)、適度な運動、食事時間をできるだけ一定に、入眠の3時間前くらいに長めの半身浴などが効果があると言われています。私も、直ぐに実行に移したいと思います。
また、看護職に対する具体的な対策の講義もあり、大変参考になりました。特に仮眠を取ることでも、複数夜勤で交代者がいるときといないときで、中途覚醒時間が大きく違うこと(交代者がいないと3倍になる)、仮眠時間帯によって、副交感神経(休息神経)の活動が違うこと、特に早朝の仮眠(3時以降)は、朝の業務が気になって十分休息がとれないことが説明されました。
大事なことは、上記のようなことを理解した上で、「睡眠記録」を実行して、自分の睡眠スタイルを見つけることだと言われています。

 この研修で得た知識を実践するとともに、夜勤中の睡眠場所の確保や睡眠時間の確保に向け、労働組合として出来る対策をとっていきたいと考えます。また、今回の講義は分かりやすく、具体的な内容であり、夜勤業務を行う看護師に向けてもっと多くの講演会を行って頂きたいと思いました。このような研修に参加する機会を頂き本当にありがとうございました。

 睡眠は人間にとって特に大事なことなのだけど、脳に関することだけに、その仕組みはまだよくわかっていません。
 言えることは、「朝日を10時までに浴びると、その15時間後くらいにメラトニンという神経伝達物質)(脳内ホルモン)が分泌されて眠くなるため、標準的な睡眠がとれやすい」と言うことなのです。
 このセミナーは交替勤務者についても触れていて、充実していたようです。一度、医療労働者や交通労働者を中心にこの睡眠問題でセミナーをしましょうね。
 じゃんじゃん。