シリーズ 医療について考えた その5 複雑な人間関係2016年03月01日 09:42

 さて、いよいよ三つ目の課題です。
 それは、「人間関係」の問題。

 マリー=フランス・イルゴイエンヌは仏の精神科医、「モラル・ハラスメント」の提唱者ですが、「病院はハラスメントの温床であり、あらゆる国のあらゆる調査で、病院におけるモラル・ハラスメントの発生率が高い」と述べています。
 
 その理由として、以下の4点をあげています。

1.病院は指示系統が複雑であるということ。
 つまり、一方では、医局と事務局という二重の権力構造があり、また、看護師にとっては、医師と師長による二重の指示系統がある、というようなことから、人間関係が複雑になりがちで、それがハラスメントに繋がる可能性が高いということ。

2.問題を複雑にしているのが、医療サービスが画一的なものではなく、臨機応変に対応しなくてはならないものであること。
 医療現場では、「これだけすればよい」、「このようにしさえすればよい」というものがないということ。
 これは、工場などの製造現場においては、比較的、モラル・ハラスメントが少ないという事実からも説明できるそうです。つまり、製造現場では、決まったとおりに仕事をするべきもので、それさえ守っていれば、仕事内容に口出しをされることはあまりないからです。

3.病院では、医師、看護師、事務方などの立場の違いから、意見の食い違いが起こることも多いということ。
 食い違いの過程で、医師による報復的なハラスメントが行われる原因が生まれることも多いようです。反対に、看護師が協働して、医師に対してモラル・ハラスメントをすることもあるようですし、医師同士、看護師同士の対立から、モラル・ハラスメントが発生することもあります。

4.医療現場におけるスタッフの、肉体的、精神的な負担は確実に増大しており、ストレス度の高い職場であること。
 ストレスフルな労働者が多いことが、上記の問題をさらに促進させてしまう要因となっています。例えば、昔と比較すると、現在の病棟では重病患者の割合が圧倒的に増えていたり、取り扱いを覚えなければいけない機器が複雑になっていたり、医療過誤の訴訟リスクのプレッシャーが強くなっていたりしています。
 ストレスは人を攻撃的にさせるものであり、モラル・ハラスメントの発生原因の多くが、ストレス反応としての攻撃性によるものといわれています。

 ストレスフルの職場では、ハラスメントが蔓延することになります。

 当センターが行った「パワハラ・アンケート」の結果でも、「重大なパワハラを受けた」、「重大かどうかわからないけどパワハラを受けた」、「過去3年以上前にパワハラを受けた」を合計して「パワハラを受けた経験」とすると、全体の約6千名の平均は、37.6%が経験ありとなりますが、T市立病院は52.4%、K病院は47.2%と、傾向としては、医療現場でハラスメントの被害は多くなっています。
 受けたハラスメントは、「大声で叱責する」、「些細なことをじくじくと」、「仲間はずれにする」の順でおおくなっています。

 特徴的なのは、ドクターハラスメントです。
 ドクハラとは、看護師を含む医療従事者の患者に対する暴言、行動、態度、雰囲気をも含む全てのもので、悪意の有無、合理的理由の有無を問わず、患者が不快に感じればドクターハラスメントです。
 ドクターハラスメントは患者を無力化させ、孤立させるため、ときには心的外傷後ストレス障害 (PTSD) につながることもあります。

 2006年に奈良県の妊婦が19の病院に転院を断られた末死亡した「大淀町立大淀病院事件」では、カルテの 内容が医師専用掲示板に書き込まれ、医師らの公開ブログにも転載されました。さらに同掲示板に「脳出血を生じた母体も助かって当然、と思っている夫に妻を妊娠 させる資格はない」と横浜市の医師が投稿しました。同医師は後に侮辱罪で略式命令を受けました。遺族らは「『産科医療を崩壊させた』という中傷も相次ぎ、深く傷つ いた」と語る。
 医療事故にあった遺族らを「モンスターペイシェント」「自称被害者のクレーマー」などと呼んだり、「責任をなすりつけた上で病院から金をせしめたいのかな」などと、おとしめる投稿は今も多いといいます。

 代表的なドクハラは、以下の通りです。
○ 人間失格型~「そんなくよくよした性格だから病気になる」
○ 脅し型(自信のない裏返し)~「目が見えなくなっても知らんよ」
○ ゼニゲバ型~「老人は金にならないから早く退院させろ」
○ 告知型~「死にはしないけど長生きしません」
○ その他の型もある~セクハラ・KYなど

 ドクハラとともに問題になるのは、患者のハラスメント(ペイシェント・ハラスメントとでもいいますかね)です。
 
 例えば、病院には「ブルー・コード」と「ホワイト・コード」があります。
 「ブルー・コード」とは患者や家族の病態が急変した場合の連絡で、例えば院内放送で、「3階病棟、ブルーコード」などと放送したら、決められたスタッフが急行します。
 「ホワイト・コード」は不審者や暴力への対応連絡で、これも院内放送で「2階皮膚科、ホワイト・コード」などと放送すると、院内警備員や男性看護師などが駆けつけます。
 これらの手順は、病院であれば、ナースステーション内に掲示されています。もちろん外部から見えないところに。

適切な人員の確保には、
①スタッフにハードクレーマー対応をさせない、
②ハードと普通の見分けを訓練する、
③クレーマーの種類に合わせた対応をする、が含まれます。
ということが必要です。

 クレーム対応の原則は、
① 顧客相談窓口を設け、掲示する(内・外に)
② 適切な人員(数と能力)とクレーム・ミーティング
③ 脅しによる不当要求には刑事告訴を
ということです。

 ただ、何でもクレームかというと、サービスの弱点や盲点を指摘する場合もありますから、クレームミーティングでは、よりよいサービスと職場環境の両方の視点から、真摯に対応することが求められます。

 どちらにしろですね、「疲れてくたくた」の看護師さんに注射されるのは患者ですよね。
 できれば、健康ではつらつとした看護師さんにしてもらいたいものです。
 ということで、次が最終回。
 じゃんじゃん。

シリーズ 医療について考えた その6(最終) よりよい職場が良い医療を作る2016年03月04日 11:35

 さて、いよいよ最終ですが、はじめにお断りしますけど、結論は貧弱です。なぜなら、「良い職場=良い医療」が先か、「潜在看護師の職場復帰=定数問題解決」が先かということになると、まさに「ニワトリと卵」ではないかと思うからです。

 「な~んだ」と思ったら、閉じてください。


 ということで、最初に言い訳をこいてから最終回にかかります。

 まず、看護師という職業を考えてみます。
1.看護の対象~健康に問題を抱えた人
2.看護の目的~患者の健康の維持、回復、安らかな死
3.必要な知識~看護の知識・技術、心理学、社会学、福祉学、家政学
4.看護の姿勢~「苦しんでいるのは患者であって看護師ではない」
 
 保健師助産師看護師法5条では、「医師の診療上の補助」ということになっていますが、患者と一番身近に接するのは看護師などですから、そこが「健康」であるかどうかは、とても大事なんだと思います。

 ところが、各病院の「看護師接遇マニュアル」とは、いわば看護師の「演技指導」マニュアルでありますが、これは「印象操作」ということです=白衣の天使。患者にあくまでも「共感的」でなければならず、怒りや拒否は「あるまじきこと」とされています。

 一方、患者は、十分なケアが得られないことから、欲求不満や不安、孤独に取り残されるとともに、医療事故の恐怖にさらされていると心の底では思っています。
 そのため、日々ケアする看護従事者に怒りや暴力が向けられることがあります。

 看護師は、ユニフォームに着替えた瞬間に気持ちを切り替え、別人格(=看護師)になるという仮面行為をすることになります。
 そうすると、「看護師としての自分」と「本当の自分」が乖離することになります。そしてできるだけ患者と共感しようとして、患者の家族歴を調べたり、患者の心理を理解しようとするなど、「深層演技」を重ねますが、何かにより傷ついた感情は、容易に消え去らないことになります。

「表層演技」と「深層演技=同調」
マニュアル的な接客態度のことを「表層演技」
本心から行おうとする接客態度のことを「深層演技」

 本当はつらいのに「つらさを見せてはいけない」と元気に振る舞うと、自分の感情を感じないようにする(否認)ことが常態化することにより、だんだんと自分の気持ちがわからなくなっていきます。
 
 そのストレスのはけ口の一つの証が、喫煙でした。
 2006年のJTの調査によると、喫煙率は一般女性の10.5%(JT調査)に対し、看護師は24.5%と高かったのですが、敷地内全面禁煙により7%台(2014年)になりました。

 2014年の名古屋大学の調査です。
 「健康増進法制定以前の1997年に看護師を対象として行われた調査では、新人看護師の喫煙率は33%と高いという報告もある。(今回の調査で)もっとも喫煙率が高かったのは、主任クラスの対象者で、喫煙率は22.6% (24名中7名)であった。」
 「新人看護師は、入職時から、すでに職場での喫煙ができない環境であった。敷地内禁煙である施設の看護師を対象とした調査でも喫煙率は7.1%と低い結果が得られている。」
 という実態です。

 総括的にいうと、看護師等の「共感疲労」は、PTSDの研究で明らかになってきたものですが、「代理受傷」とか「代理トラウマ」などという二次的PTSDです。これで何らかの精神疾患を発症すると、労災になります。

 また、「バーンアウト」は「燃え尽き症候群」と言うことですが、共感や同情の情緒的な蓄えが枯渇してしまうと、疲労困憊してしまうことによってなります。
 
 しかし、「深層演技」が仕事のやりがいになることも大いにあります。大事なのは、「本当は・・・」の部分を自覚しておくこと、できればそれをどこかで発散しておくということです。

 他人の力を借りてストレスを軽減することは、一人で抱え込むことを防ぎ、非常に大切なコーピング技術の一つです。 『自分には、どのような人的ネットワークがあるのか?』を実際に把握しておくことで、ストレスに対して多様な選択肢を持って行動することが可能となります。

 まあそうはいえ、労働組合の組織としては、「どうにかしなければならん」わけです。
 今回提起したのは以下の4点でした。

1.医療機関のリスクアセスメント
2.短時間正職員の導入
3.参加型の職場改善(たとえばPOSITIVEプログラムや各種のアクションチェックリスト)
4.最高のチャンスは、安全衛生委員会

 医療機関における労働者は、多くの有害業務にも関与し、「リスクアセスメント」の実施対象としても優先度の高い職場の一つと考えられます。
 手法としては、安全衛生委員会による職場巡視がありますが、一つ問題があります。それは、たいていの場合、産業医は自分のとこの医者だということです。したがって、医者というだけで、経営の一端を担う場合も多くあり、中立どころか、経営よりとなっているかもしれないということです。
 これを防ぐには、OSHMSの「外部監査機能」を使うと良いでしょう。

 「短時間労働」で成功した例として、山形県の「三友堂病院」があります。ビジョンは「有能な人材確保と育成」だとか。
 1日の労働時間が短い、または、週の労働日数が少なくても、正職員と同様に、賞与・退職金・有給休暇・福利厚生 など が適用されます。これにより離職率が16.7%から3.6%になったということです。

 「参加型の職場改善」はいま注目のシステムです。当センターと労働科学研究所が提携した「POSITIVEプログラム」もありますし、「アクションチェックリスト」を使った労働安全衛生マネジメントシステムもあります。
 手法としては、職場巡視の後、「保管と移動」、「ワークステーション」、「器具などの安全」、「有害物質」、「休養施設」などの視点で、グループ討議し、良い点3つ、改善点3つを選び、その理由を発表するなどの活動を積み重ねます。
 このプログラムにより、普段忙しくて話もできない人とも話ができますし、職場研修としても、単なる講義型より対話型の方が良い結果が得られます。
 グループワークで具体的な課題解決案を検討する~職場横断、職種横断、職種別で開催します。
 この手法は、職場改善の視点としては、労働環境のみならず、医療安全の面でも、結果を残せるという研究(労働科学研究所)があります。

 ということで、最後はもしかしたら「宣伝」だったのかもしれません。
 医療という業種は、特別な業種ではありません。
 人の命を扱うという意味は、その他の業種でも同等です。
 したがって、他の業種や職場と同様に、採算性は求められますが、快適に労働する環境を求めることは、そこで働く人たちの権利であると思います。当たり前ですけど。
 
 それにしても、同じ意味で、教育の現場にも、様々な問題があると思います。それについては、またいつか。

 最後までおつきあいいただけた方がいるかどうかわかりかねますが、とりあえず、ありがとうございました。
 ということで、じゃんじゃん。