第22回産業ストレス学会の報告 52014年12月09日 11:40

<地域若者サポートステーション事業実践>

 2000年代に入って社会問題として認知されるようになった若年無業者対策として創設されたのが、「地域若者サポートステーション」事業である。
 「地域若者サポートステーション」においては、長らく無業状態に留まる若者、就労ばかりか他者関係も回避する若者が数多く利用している。
 すぐに就労支援へと移行できる若者は少数で、多くは、就労以前の内的条件整備への支援を必要としている。社会活動全般に対するエネルギーが低下した状態で来所し、その半数近くは臨床機関を受診していた。
 就労経験がありながら無業状態が続いていた2事例を検討することにより、若者が直面している就労困難の要因を考察する。
 「人と関わるのが怖く、うまく話せないjため短期アルバイトや派遣就労を繰り返した30代男性は、「働かねばならないと思うが何ができるのかわからなくなって」ひきこもり状態になっていった(事例1)。

 学生アルバイトは難無くこなしていたものの就活で「社会へ出ることへの不安」を感じた20代女性は、就職直後から体調不良と「仕事を考えると涙が止まらなく」なり、退職後も「漠然とした不安」のため採用されても就労できない状態にある(事例2)。

 どちらの事例も、上司からの強い叱責のような具体的な外的ストレスがみられないことや、その訴えが職務内容や職務遂行上の技能習得ではなく、自らの内的条件に関することであることが共通している。彼らは、職場という未知の環境における他者関係や、その関係における自分のあり方に困惑し、その困惑は心の苦しみとして体験できずに身体化されていた。人に会う、働く、そのものがストレスと思えるこれらの事例は、産業ストレスという文脈に収まりきらないところがあるが、「働く」ということを求めて来所する若者のストレス反応を示しているのである。

1.実態と特徴
 NEET384人の支援を行っているが、自ら来所するのが3割、家族など他者からの紹介で来るのが7割である。全体の43%が治療中となっている。若年者の範囲は、「生物的大人と社会的大人」の両方であるから、15歳~39歳までとなっている。
 そのうち、進路を決められたのが23%、ハローワークなどにいくようになるのが9%の計32%が就職に向かうが、その他は、紹介できる状態にないもの。
 特徴的には
①エネルギーの低下が甚だしく、発動性が見られない。
②何も決められない。失敗を恐れる気持ちが強いであり、ディスティミア親和あるいはパーソナリティ障害(PD)のC群(不安型)と思われる。

2.事例
①の事例では、思春期から対人関係が弱く、仕事が続かない状態。なぜ仕事が続かないかと問うと、「何となく」と答える。自己評価が低い。孤立感が強い。表情の変化が少ない。
②の事例では、仕事が不安だがその理由は、「周囲のやる気のなさに幻滅した」という説明。不登校も経験している。電話に恐怖を抱き、変化への対応ができづらい。
 共通しているのは、自我境界不全と回避傾向にあり、生きることの不安が強い。対処としては、継続的、受容的に傾聴すること。期間としては、6ヶ月以上から改善するまでとなっている。

<「さをり」体験とうつからの回復>

 1980年代後半、心と身体の健康づくり指針において「メンタルヘルスケア」の取り組みが開始され、「心理相談員」が誕生した。1990年代、バブル崩壊後には、毎年3万人超の自殺者、過労死や過労自殺などが問題となり、2000年と2006年に、メンタルヘルス指針が公表された。
 こうして、すべての人が、自分の心の健康は自分で守れるようにセルフケアの知識とスキルを身につけ、必要とあらば人の助けを借りること、不調を早期発見、早期治療し、休養が要るなら適宜休養し、「手引き」に従って適切な職場復帰を行うことが推進されているのである。
 心理相談員の一人としてメンタルヘルス活動に携わってきたが、自分自身が、精神的ピンチを体験した時期もある。
 一ヶ月程の休養の後、心身をリセットして職場に戻ったものの自己否定感や孤独な気分が払拭できない、その頃「さをり織り」に出会った。
 始めは、幅10センチ程度のネクタイみたいなものを、体験で織った。「糸が出ようと、引きつれようと、そんなことはどうでもよい。あなたの好きに織ればよい。自由に思いのままに織りなさいね」と暖かく見守られ、30センチ幅の織りの体験、それから思い切って織り機の幅90センチ全部使って、縦糸通しから全部してみようと挑戦した。
 自分の好きなように糸を通したつもりが、キッチリした模様がシンドく感じた。欲張りで凡帳面、型にはまった行動パターンが私にはある。自由奔放に織っている「さをり教室」のメンバーたちと関わりながら、窮屈の理由は自分が作っていると気づかされた瞬間だった。
 「さをり」創始者は言う。「『感性は生まれた時からそれなりに持っていた』とも気づかずに何事も習うものと思い込んで自らの中のものをおろそかにしていた。ここに誤算があった」と。「さをり」を通じて再学習した点は、まさにこれだったかも知れない。
 個人的な経験に過ぎないが、この織りには、うつからの回復を助ける認知行動療法的な意義が存するように思われる。

1.当事者の気持ち

 「さおり」は布を織るのではなく自分を織ると感じた。失敗だと思っても「面白いね」とほめられる。ほめられるのは久しぶりだと感じた。自分を縛っているのは自分ではないかと感じた。自分の性格を冷静に見つめるとき、「成功と失敗しかない」と思っていたことに気付いた。
 作品は、自分らしいものを作れるようになってきた。
 「心の5指標」である「役割」、「客観」、「共感」、「仲間」、「味わう」がこの作業で体感できたと思う。
 それは作業のためか、あるいは仲間がいるからかと問われたら、相乗効果としか言えない。
 作業療法の一種とは思うが他の作業療法との比較はできていないけれど、3~4ヶ月で気持ちの整理は出来てくると思う。

2.なぜ効果があるか

 発達障害と診断された女性が診断を受けたとたんに、「実はほっとした」との感想をもらした。今までは何が何だか分からずに社会適応できず苦しんできた経験から、自分のことが少しでも理解できるたことは彼女にとって大切なことだったのだろう。
 この女性が「さおり」に取り組み、自分が唯一認められた場所としてその才能を伸ばしている。
 現在は支援学校で「さおり」を教えているが、非常に評判がよい。その理由は、支援学校の生徒に「いつもと変わりなく接することができる」、「声をかけて理解しやすく教えるため、生徒がパニックにならない」と言うこと。まさに自分の特性を生かした才能の開花だと感じた。

 現在の社会は「失敗を許さない」、「先輩がいない」、「マニュアル通り」の社会だと思うが、「さおり織り」は、失敗が“面白い作品”とほめられ、成功につながる、作品に自分(の色)が出てくる、個性が大事にされる、見本や手本がなく歪んだり欠けたりしたものが面白いと評価されることで、自分の価値観や考え方の転換ができるようになるのではないか。
 特にアスペルガーなどの特長があると、すぐ作品に「自分」が出てくるのは面白い点だ。ただ、途中には「納得できない」人もいるから、お互いに影響していることも面白い。