産業衛生学会の報告 その32015年06月23日 10:48

 さて、産業衛生学会の続きです。

 シンポジウム12「職場のがん対策とガン罹患就労者への支援ー産業保健の役割を考えるー」に参加しました。

 開始にあたり、座長は、「がんは退職後に発病することも多いが、早期発見が治療し治癒するためには重要であり、潜伏期間が長いので就労期間からがん検診をしなければ早期発見はおぼつかない。しかし、がん検診は定期健診の項目に含まれず、現状では保健サービスである。したがって受診率は50%くらいしかない。一方、就労中にがんを発症する場合や、治癒率の向上から罹患後に就労することも増えていることから、がん患者の就労支援は産業保健の重要課題である」との趣旨説明がありました。

 全くその通りで、今回(5月19日)の全道セイフティネットワーク集会のテーマにしたのもこの観点からで、ベテランが職場を離れるダメージがそれぞれの職場でじわじわと出ているだろうからです。

 次に登場したのは、厚労省の健康増進課です。
 がんと職場の現状について、がん罹患者のうち32万人が就労しているが、一方で罹患者全体の34%が退職している。また患者からの相談で一番多いのは、経済的なことで、次が仕事との両立であると。
 政府の政策としては、H18年にがん対策基本法ができ、基本計画は5年ごとの見直しで、H24年に第2期計画が立てられ、
<小児がん> 5年以内に、小児がん拠点病院を整備し、小児がんの中核的な機関の整備を開始する。
<がんの教育・普及啓発> 子どもに対するがん教育のあり方を検討し、健康教育の中でがん教育を推進する。
<がん患者の就労を含めた社会的な問題> 就労に関するニーズや課題を明らかにした上で、職場における理解の促進、相談支援体制の充実を通じて、がんになっても安心して働き暮らせる社会の構築を目指す。

の3点が新しく盛り込まれたこと。

 H25年から「就労継続事例集」や「両立支援モデル」などによる啓発や、ハローワークに専門相談員の配置と就労支援事業(トライアルなど)に取り組んでいるが、日常の相談からは、

① 病状を伝えにくい→「今の自分にできること」として伝える。
② 就労継続できると考えていない→両立できる。土日診療の普及も必要。
③ 私傷病である→就労と関わるのであれば、産業保健スタッフと主治医の連携も必要→就業上の配慮を求める。
 などの対策がなされているものの、相談先を知らない例が多くあり、周知活動も重要であると。

 次に大阪大学の祖父江先生が、「職域のがん検診は組織化されておらず、したがって40代・50代の受診率も不明である。がん対策基本計画の目標は「75才未満のがん死亡率20%ダウン」となっているが、そのためには、4~50才の年齢幅のがん検診受診が重要となる。市町村国保のがん検診と、職場がん検診を連携させていくべきだ。1982年から92年までは国ががん対策を行っていたが、それ以降は市町村に振り分けられた。H28年から全国のがん登録が始まるが、これに期待される。」

 また、パナソニック産業医の西田先生は、「がん検診は、対策型(住民検診)と任意型(職場などの人間ドック)があるが、今のところこの連携がなく、したがって、精度管理もできにくい現状にある。今後、職場の安定や医療費抑制を考えるのであれば、対策型検診を中心に据え、精度管理とマクロの統計は必須と考えられる。実際、企業内でがん検診をしてみても、その得られたデータがどれだけ重要であるかとか、精度に問題がないかなど判断基準がないので困っている。」

 最後に産業医大の立石先生は、「がんは「ある日突然」やってくるが、その治療は急速に進歩しており、QOLについても重視されるようになってきた。必然的に生活や就労に制限の少ない患者が増えているが、社会的なサポート体制は法的整備を含め弱い。がん検診は確かにコストが企業側にかかるが、企業としては、人材の確保や信頼の醸成という利益があるし、患者本人にとっても、パフォーマンスの低下による自分の心理的な低下をある程度軽減する効果は期待できるだろう。産業保健としては、就業上の配慮の面で、賃金の減少や休みがちになる事への周囲の目などを按配しながら、合理的配慮を進めていくことになるだろう。そのための管理者の理解や柔軟な就労を是認するルールを作る必要がある。」

 ということでした。

 このあと会場のやり取りがあったはずですが、ちょうど労働科学研究所のY先生と連絡が取れて会場近くでお会いすることになってしまい、残念ながら聞きそびれました。

 このシンポで学んだことは、当センターの「第20回全道セイフティネットワーク集会」に直接の反映はできませんでしたが、取り組み方向を確認することはできました。

 めでたし。じゃんじゃん。

過労死 防止学会設立記念大会2015年06月24日 14:41

 5月23日、明治大学駿河台キャンパスのリバティタワーの12階1123教室で、「過労死 防止学会設立記念大会」が盛大に開かれました。

 これは、昨年の過労死等防止対策推進法(過労死防止法)の成立・施行を受け、過労死の実態と防止対策についての調査研究をメインに行う民間団体として、過労死遺族や研究者、弁護士、労働安全衛生の活動家、ジャーナリストなど幅広い人々によって結成されたものです。
 総会では、代表幹事に森岡孝二さん(関西大学名誉教授)、事務局長に櫻井純理さん(立命館大学産業社会学部教授)が就任されました。

 設立記念シンポジウムは、川人博弁護士(過労死弁護団全国連絡会議幹事長)と笠木映里さん(九州大学法学部準教授)の司会で始められました。
 最初に「来賓?」として、厚労省の過労死防止対策室長?が挨拶し、「まもなく過労死防止対策推進大綱ができあがる(5月25日にできました)が、国として過労死に関する調査研究の蓄積がないため、まず労災事例で医学的分析を始めようと考えている」という、いささか頼りないものでした。

 次に、報告者は、①寺西笑子さん(全国過労死家族の会代表)「過労死のない社会の実現をめざす遺族の願いと防止法の課題」、②熊沢 誠さん(甲南大学名誉教授)「過労死・過労自殺の要因とこれからの課題」、③加藤 敏さん(自治医科大学精神医学教室教授)「ここ最近の日本における企業情勢と職場のメンタルヘルス」の3人でした。

 寺西さんは、夫を過労自殺で亡くしたご自身の体験をもとに、夫の真相解明に10年9か月かかったことや、1991年に結成された「過労死を考える家族の会」での活動から、「被災者は中高年から若年層へ過労死が拡大。大黒柱の人生が奪われ、罪もないその子供が二次被害にあっている現実を変えなければならない」と力説されました。
 熊沢先生は、聞いてて非常に難解でしたが、過労死・過労自死の重層的な要因や、欧米と異なる日本の特徴としてふつうのノンエリート労働者の働きすぎがあること。特に非正規労働者は生計のため長時間労働になりやすく、非正規の比率が上がることは、正規労働者へのムチ(イヤなら辞めろ=非正規化)に使われていること。過労死・過労自殺の根因は労働者の「自発的な主体意識」でないのは当然ではあれ、死に歪るまでの働かせすぎを受容してきた労働観を顧みる必要性はあると。
 加藤先生は「職場結合性の精神疾患にはうつ病と双極性(Ⅱ型)がある。どちらも自殺企図が高い。アルコール依存も増えている。職場結合性のうつ病は抑制型(定型)よりもパニック発作から不安・焦燥型が多く見られる。東北震災の影響によるものも見られるようになった。うつ・軽躁ともに長時間労働が背景にあることは確か」と。

 次に、
①ノース・スコットさん(大阪大学人間科学研究科教授)
②岸 玲子さん(北海道大学環境健康科学研究教育センター特任教授)
③西谷 敏さん(大阪市立大学名誉教授)
④東海林 智さん(毎日新聞記者)
が、各10分程度のコメント。
 スコット先生は「ホワイトカラーイグゼンプション(WCE)は、グループ労働の多い日本では悪用されかねない。」
 岸先生は「日本学術会議の“労働雇用環境と働く人の生活・健康・安全委員会提言”」を紹介された。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t119-2.pdf#page=1
 西谷先生は「推進法の文中には労働時間、36条協定、労働組合の文字が全くない。WCEや裁量労働制の見直しは長時間労働を是認するもので、推進法と矛盾する。まるで“働かせ続けてドクターストップ!”みたいなもの。8時間労働制の原点に返って、36条協定の上限規制を実現すべき」と、これも力説されました。
 東海林記者は「ブラック企業の公表は就業機会の選択資料であり、社会的な監視にもつながる。WCEは20代中頃から適用される可能性があり、裁量労働の拡大とともに、労働時間の把握が困難となる」と。

 いずれも今の労働時間規制緩和には反対の意見を述べられました。

 会場からは「過労死とはなにかを法的、医学的に定義し、現行の労災認定基準でよいのかを検討することも課題だ」との指摘もありました。

 過労死防止学会HP http://www.jskr.net/

 過労死等の防止のための対策に関する大綱のポイントは以下の通り

・過労死ゼロを目指すため
(1)2020年までに労働時間週60時間以上の労働者の割合を5%以下に。
(2)20年までに有給休暇取得率を70%以上に。
(3)17年までにメンタルヘルス対策に取り組む事業所を80%以上−−にする
・過労死の実態解明のため調査研究を実施
・全都道府県で過労死シンポの開催と相談体制の整備 

 過労死防止は、まさに喫緊の課題です。長時間労働を放置するのは、明らかに管理監督マネジメント能力がないという証であり、したがって、過労死・過労自死、過重労働疾病は過失が問われます。「死ぬまでやれと入っていない」という逃げ口上は通用しません。
 36協定を青天井で結ぶような労働組合も、同罪と言われるでしょう。ましてや、サービス残業など断じて許されません。
 じゃんじゃん。

第26回 じん肺・アスベストプロジェクト から2015年06月25日 13:32

 あんまり毎日書くと、ネタがなくなってしましますが、まぁそれまでがんばって書きます。あまり反応がないから、ほとんど読んでいただけないのでしょうが。

 今回は、3月に開催された標記の研修会から、「胸膜中皮腫のケア」について、聖路加国際大学のN先生のお話です。

 その前に「胸膜中皮腫」について。
 しかもその前に「中皮について」。
 「中皮」とは、肺や心臓などの胸部の臓器や、胃腸・肝臓などの腹部の臓器は、それぞれ、胸膜、心膜、腹膜と呼ばれる膜に包まれ、体の内面もこれらの膜でおおわれています。この薄い膜には、「中皮(ちゅうひ)細胞」が並んでいます。元々は、受精卵が細胞分裂した経過の中で、外皮・中皮・内皮と分かれていくのだそうですが、素人にはよく分かりません。
 「中皮腫とは」と言うことですが、中皮細胞から発生するがんを「中皮腫」といいます。その発生する場所によって、胸膜中皮腫、心膜中皮腫、腹膜中皮腫などがありますが、いわゆる「悪性」腫瘍です。
 中皮腫は、1ヵ所で大きくなっていくタイプ(限局性:げんきょくせい)と膜全体に広がっていくタイプ(びまん性)があります。多くがびまん性に広がっていきます。
 中皮腫は、そのほとんどがアスベスト(石綿:せきめん・いしわた)を吸ったことにより発生します。アスベストを扱う労働者だけでなく、労働者の家族やアスベスト関連の工場周辺の住民にも発生しています。アスベストにさらされること(曝露:ばくろ)が多いほど、またその期間が長いほど発症の危険性が高くなります。

1.中皮腫の特徴

 ばく露後の25~50年(平均40年程度)が潜伏期間ですが、発症後は余命が短く、診断時から平均9~13ヶ月で死亡します。ただし早期発見により完治もあります。5年生存率は4~10%くらいと、非常に厳しい疾患です。

 中皮腫は、複雑な症状が重複して出現します。
 胸痛、咳(せき)、大量の胸水(きょうすい:胸腔内に液体がたまること)による呼吸困難や胸部圧迫感。原因不明の発熱や体重減少などですが、いずれも中皮腫に特徴的な症状とはいえず、早期発見が難しいことになります。
 ADL(日常生活動作)は比較的保たれ、最後まで話ができることが多いといわれています。
 そのほとんどは、アスベストが原因です。胸膜、心膜、腹膜、精巣漿膜にできやすいということです。喫煙は影響しません。( ホ!)

2.治療

 外科的療法としては「胸膜肺全摘術(EPP)」があり、「1A」では完治例もありますが、患者の2割程度だそうです。
 術前には、EPP選択の支援、術後の生活(QOL低下・呼吸困難(96%)・激しい痛み(91%))の説明、不安への対処が必要となります。
 術後は、痛みの管理(不眠等による精神的管理(不安(31%)・うつ(19%))、心房細動に注意する、生活の立て直し(便秘~横隔膜の切除、動悸、痛みの軽減、食事など)などのケアが必要です。

 内科的には化学療法があり、患者の8割はこちらですが、エビデンスがあるのはシスプラチン+アリムタ(ともに抗がん剤)のみであり、症状が改善すれば希望が多くなりますが、結果は大きく変わらないようです。

 中皮腫と肺がんでは、症状の重篤度が違い、息苦しさは中皮腫96%、肺がん65%であり、また、痛みも中皮腫91%、肺がん28~51%と、中皮腫の方が重篤です。

3.呼吸困難へのケア

1)症状の意味を理解する→
2)あらゆる身体的な原因に対処する→
3)症状の認知をやわらげる

 「呼吸困難」の原因は、胸水、肺活量の低下、肺の癒着であり、そのほか、心のう液貯留、貧血、心不全、不安で、一番大きいのは「不安」です。
 呼吸困難はsO2(血中酸素濃度)など生理的データとは無関係に、患者が「苦しい」といえば呼吸困難の対処が必要です。
 対処法としては、オピオイド(麻薬)、酸素療法、家族へ支援(パニックへの対処)、胸水穿刺、手術(胸膜を剥離させる)、化学療法、リハビリ、抗うつ剤、補完療法、扇風機、心理的支援などとなります。
 特に呼吸困難にはオピオイド(モルヒネなど)が効果的で、痛みの我慢は全体症状を悪化させます。
 気管支拡張剤も併用するなどの導入ガイドラインがあります。

 「胸水」には留置胸水ドレーン法があり入浴も可能となります。また、「扇風機」は「空気がたくさんあるから安心」という心理的効果(コントロール感)があり、生活の各場所に設置する必要があります。

 しかし、ターミナル・ケアとなればモルヒネを投与し、改善なければ、セデーション(鎮静剤)を検討することになります。

4.痛みへのケア

 中皮腫の痛みには、炎症、手術、神経性(胸部肋間等)、骨の痛みがあります。痛みへの対処として、オピオイド、非ステロイド系抗炎症剤、家族への支援、化学療法、リハビリ、神経性疼痛への投薬、補完療法、神経ブロック、局所麻酔、心理的支援などが必要です。
 順序としては、
ステップ1~非オピオイド+非ステロイド系抗炎症剤
ステップ2~モルヒネ++下剤
ステップ3~神経障害政疼痛に対する抗うつ剤・抗てんかん剤
ステップ4~限局性胸痛の緩和(局所麻酔や放射線療法)
ステップ5~麻酔科による対処
「ブレイクスルー・ペイン(一時的・突発の強い痛み)」に対処する必要があります。

5.中皮腫患者の症状緩和のコツ

① 症状を過小評価しない。
② 先を見越したケアプランを立てる。
③ 麻酔科等のプロによる適切な治療が必要。
④ 心理的・社会的苦痛の緩和(働けない・家族の生活不安など)。

 身体的、心理的、社会的痛み加え、霊的痛みは「なぜ自分が」と言うことが不安のもとになります。労災認定はそのことへのリベンジの意味を持つのではないでしょうか。
 ADLやQOLの低下が見通せるため、患者と家族を支えるには介護認定をはじめ、訪問看護を最初から想定する方がよいとおもいます。
 患者や家族は医療従事者が頼りであり、病気への理解度を確認しつつ、症状の緩和のための医療を全力で取り組む必要がありますが、結果は残念ながら変わらないのが現実です。

 今回はちょっときつかったですが、ということで。
 じゃんじゃん。