第22回産業ストレス学会の報告 112014年12月24日 11:14

第22回産業ストレス学会の報告はこれで最終です。

<働く若者のストレスをどのように支援するのか>

 近年、精神科臨床の場においても、働く若者(30歳前後まで)の受診者が増加している印象がある。精神医学的には、いわゆる新型うつ(病)あるいは双極Ⅱ型障害と診断できる症例も少なくない。
 その背景に、職場でのストレス(正確にはストレツサー)が関わっているのは間違いないだろうし、よく聴いてみると、年長者がまさかと思えるようなことを言い、それをストレスと感じ悩んでいたと答える若者にも出会う。年長者は、そして職場でメンタルヘルスの保持に係わる者は、若者が感じているストレスを理解し、それに対する支援をしていくことが必要だろう。
 そして、働く若者のストレスを理解し、若者を支援するためには、立場の異なるさまざまな専門職からの経験や知見を学ぶことが大切と考る。
 第1演者は、若者のキャリア教育に関わり、精神疾患の予防を中心とした組織マネジメント体制づくりを試みられている。そこで、採用やキャリア教育の経験から現代の働く若者の特徴について、講演していただく。
 保健師の第2演者には、産業精神保健現場で若者がどのようなことをストレスと感じ悩んでいるのか、その実像について紹介していただく。
 また、臨床心理士の第3演者には、現代の若者が働くということにどのような意味を見出しているのか、またそれをどのように捉えているのかにつき、臨床心理学的な側面から考察していただく。
 最後に精神科医の第4演者には、いわゆる“新型(現代型)うつ”の精神医学面から見た特徴について触れていただき、職場としてどのように理解し、対応すればよいのかについて教示いただく。

<働く若者の特徴採用及びキャリア教育の側面から>

 働く若者の特徴を「採用J「キャリア教育」の現場で起っている現象そして客観的な調査データに基づき論じる。
 実際の採用場面で受験されている適性検査の受験結果からストレス耐性、ストレス状態の分析をすると、2014年と2015年の比較において、ストレス耐性の面で、環境変化に柔軟で過度に自分を責めすぎない傾向がある一方で、些細なミスを気にしたり、後悔を招いてしまうような衝動的な行動をとってしまうため、ストレスを増大させてしまう恐れが認められた。
 存在するストレスに対処したり、緩和したりする力が全項目で標準偏差50を割っており、ストレスと付き合うことが苦手であるといえる。

 キャリア教育については2013年1月~12月、93,480人を対象に「ストレスチェックjを実施した結果の分析からの報告で、

<ストレスに関する分析項目>
①ストレス原因ストレスと感じることがどのくらいあるか
②タフネス度ストレスに対する強さ、耐性
③周囲からのサポート仕事において周囲の人がどの程度サポートしてくれるか
④ストレス反応ストレスによる心身への影響
では、
1.全体にストレス耐性は低く、20~30代はストレスが心身に大きく影響するなどストレス反応は高い。周囲からのサポートは20代がよく認識している。
2.女性のほうがストレスを抱えている。周囲からのサポートは女性のほうが良好。
3.業種別にみると、IT・通信業のストレス状況が厳しいが、SEなど顧客対応が多い場面のせいかもしれない。

<エンゲージメントに関する分析項目>
①エンゲージメント(仕事熱意度) 仕事に対する自発的な行動の頻度や気持ち(感情)
②仕事における環境目状況仕事のしやすさ(しにくさ)と関連する環境や状況の要因
③仕事における自己認識仕事に対する個人の考え方と取り組み方
を調査したところ
1.20代から30代にかけ、大きくエンゲージメントが向上する。
5.企業規模別にみると、l00人未満の企業が最もエンゲージメントが良好となった。これは経営トップとの距離によるものではないか。評価されているかどうかがはっきり分かると言うこと。逆に企業規模で500人を越えるとエンゲージメントは消滅する。
という結果が見られる。

 もう一つのアンケートを紹介する。EQ能力に関するアンケートであるが、EQとは「心の知能指数」と言われるもので、「識別」「利用」「理解」などで構成されている。
 2014年の新卒者と2015年の新卒予定者で比較(サンプル各500)したものだが、以下の特徴がある。(=2014年に比べて2015年の傾向)
1.相手の気持ちは識別できるが、それを利用したり理解することができない~集中力はあるがその場しのぎであったり、したがって失敗を繰り返しやすい。
2.コミュニケーション能力が低い~場違いな発言をすることがある。
3.ストレス耐性の面では、自責性が高く、自己愛性は低い。したがって真面目で正直だが、反面でうぬぼれが高い。

※ これらの結果から、企業が採用にあたり、ストレス耐性だけを基準にしているとすれば、対応としては失敗につながるだろう。例えば、ストレス耐性が高いと思われている体育会系やサークルリーダーへの評価が高くて採用しても、「頑張って、がまんする」ために、つぶれていく傾向が今や顕著となっている。ストレス耐性だけでなく、ストレス対処の方法をもっているかどうかも見るべきだろう。
※EQ能力は毎年低下傾向にある。10年前は「KY(空気読めない)」が問題とされたが、最近は「KYではないが、自分を伝えられない」ということが言えるのではないか。

<産業保健現場で見る働く若者のストレス>

 経済の長期低迷やグローバル化によって、生き残りをかけた企業間競争は激しくなり、組織のスリム化、効率化が求められている。また、技術革新スピードが速くなったことで開発競争が激化、働く誰も余裕がなくなり、人間関係の希薄化が進み、職場の相互支援やサポート機能が低下してきているように思われる。
 一方、働く若者が育った環境といえば、物質的には豊かで、少子化で大事に育てられてきている。家庭や学校において、IT化が進んだことによってコミュニケーション方法が変わり、ゲームやメールを通してといった場面に遭遇することも多い。
 このような世代は、日本の社会的背景変化の影響を受けて、対話型のコミュニケーションを苦手としているものも多い。子供の頃から家庭や学校で注意や叱られることなく成長、集団生活の中で自然と覚えるような、社会生活に必要なルールの体得や自立心が育つ機会も減っている。
 その結果、自己愛が強くて傷つきやすく、失敗を恐れるあまり一歩が跨み出せず、自分をうまく表現できなくなっているのではないだろうか。
 このような傾向にある若者が、就職することで親から自立、仕事をすることになるが、集団生活に慣れていないものも多く、協調性やコミュニケーション能力を求められ、仕事を覚えて職場に適応する過程で、リアリテイショックといわれる相当なストレスに直面する。

 産業保健スタッフの対応として、まずはその時代に則した若者の特徴の理解が必要ではあるが、まだまだ彼らの現実を受け入れる体制が会社側に整備されているとは言い難い。
 企業への帰属意識の高い集団で、放任や叱って育てるといった文化に直面した途端、うまく対処できず、職場に足が向かないといったケースも見受けられる。職業意識がまだ十分育たないまま就職したケースの場合、休養が長期化することもあり、治療的な側面だけでなく、人間力や社会人基礎カなどの再構築支援が望まれる。

 職場には全国各地から人が集まっている。特に急に拡大した工場等には単身赴任が多く、職場や生活での人間関係の希薄化が進んでしまう。
 職場では、「ほめてもらえる、失敗が認めてもらえる職場」をめざすスローガンはあるが、上司と部下のとの信頼関係が一番大事とは知りつつ、現状(ワークアサインメント(仕事上の役割))とのギャップが大きい。
 それは、コミュニケーション不足もあって、お互いの状況が見えていないことに原因がある。
 産業保健スタッフとしては、「虫の目、鳥の目」で職場を俯瞰し、対応するよう努めている。

<臨床心理学から見た「若者が働くということ」>

 1980年代後半から90年前半にかけて演者が勤務していた臨床研究機関では、「職場不適応症」(藤井・夏目)に関する一連の研究が蓄積されていた。「職場不適応症」は適応障害(DSM-Ⅳ)と位置づけられるが、若年層においては発症契機を職業的なストレスと同定することが疑問のケースが多々あった。会社および職業的な関係のなかで、自責を伴う抑うつ(心理化)、身体化、逃避(行動化)は中年期以降に発症するケースに多くみられた一方、若年層では職場の人間関係における他罰的な考え、被害的な不安、さらには関係のなかでの自分のあり方に耐えられないなど、関係のなかで実現することに対する考えやそれ派生する感情(不満、恐怖、不安、怒りなど)を訴えることが多かったのである。
 ストレスという観点からみれば、職場環境要因から生じる外的なストレスよりも内的な認知体験処理過程からストレスが発生していると二分法的に理解することも可能である。

 ロールシャッハ・テストは認知体験処理過程を追跡するところにその特徴があるので、鑑別診断的な理解のための情報が多く得られ、治療機関としての支援方針の決定に役立てられていた。
 かつての若年の職場不適応症像は、力動論的な立場からなされる「新型うつ病」などのうつ病の増加現象という文脈で語られる臨床像と重なるものであった。
 こうした若者のもっとも大きなストレスは、その程度や顕在的な態度は違えども、自己価値の低下と恐怖、それに対する防衛から生じていると理解できる。力動的な心理療法による支援の道筋は、若者自身が不安やイライラなどの内面的ストレス状態を抱えていてもOKだと経験する機会を提供しながら、ストレス刺激対処機能と耐性を強化することであった。支援の方法が多様化しているとはいえ、ストレス状態の性質を理解することは肝要であり、ロールシャッハテストによるアセスメントがなお有効である。

※ 力動的な心理療法~自分自身をより深く理解し、自分なりの生き方やあり方を見つけていくことを目指す。力動的心理療法においては、クライエントには、カウンセラーへの信頼や愛着とともに、不満や怒りなどいろいろな感情が体験される。このような体験をカウンセラーと話し合うことによって、過剰な不安や恐怖におびえることが少なくなり、現実生活に起こるさまざまな葛藤に、より柔軟に関われるようになる。

 うつ病患者の中核群(代表的な症状例)にロールシャッハ・テストを行うと、以下の特徴が見られる。
①枠やモデルを捜し求める~独創性が乏しいが認知のゆがみは少ない。
②自由に評価することを求めても、困惑するだけの場合が多い~面白く生きるということの理解が少なく、錯覚を楽しむことや夢・希望を持つことが乏しい。
 一方、非中核群(周辺群)では、被迫害的であったり、自己否認が多い。医療の介入による反応は少ない。むしろ、理想化や脱価値化が大きいのではないか。
 いずれにしろ、ロールシャッハ・テストは、今後も診断に十分有効と考えられるが、専門家が少ないことは課題だ。

<新型うつの精神病理とその対応>

 近年、産業精神保健の分野で新現うつへの注目が高まっている。その背景には、新型うつ事例(あるいはそれに関連した対応困難事例)の増加があるように思われる。
 新型うつは、若い人に多い、身勝手で自己中心的、他責的、「うつ」で休むことに抵抗がない(「うつ」を利用する傾向がある)など、多くの点で従来型うっと対照的な特徴を持っているとされる。単なる甘え・怠けであって病気ではないと考えている人も少なくない。
 新型うつは、正式な精神医学病名でないが、関連病態についての指摘は、40年近く前からなされている(職場不適応症、逃避型抑うつ、退却神経症、現代型うつ病、未熟型うつ病、擬態うつ病、ディスチミア親和型うつ病、職場結合性うつ病など)。
 現在の標準的診断体系(DSM-Ⅴ)によれば、適応障害、パーソナリティ障害、うつ病(非定型の特徴を伴う)、双極Ⅱ型障害、自閉症スペクトラム障害などと診断される可能性がある。
 新型うつには様々なタイプの病態が含まれると考えられ、精神病理も対応も、タイプによって異なるため、それらを一律に論じることはできない。
 代表的なタイプのーっとしてディスチミア親和型うつを念頭におけば、従来型うつと新型うつは、対象喪失に伴う喪の作業の困難を抱えているという点においては共通している。しかし、対象喪失において失われる対象(感覚、イメージ)は両者で異なっている可能性がある。すなわち、従来型うつでは幻想的一体感の喪失、新型うつでは誇大的自己イメージの傷つきが発症の引き金になる可能性が高い。新型うつの特徴とされる回避/他責/病気への寄りかかり傾向(「うつの私」からの離脱困難)は、誇大的自己イメージの病理が関連しているかもしれない。新型うつの対応に際しでは、誇大的自己と現実的自己の隔たりをうまく埋められるように患者を援助していくことが大切である。

 対象の喪失とは、従来型うつの場合、例えば親との一体感の喪失が代表的となるが、新形うつの場合は、現実とのイメージの隔たりが誇大的なイメージを傷つけることにより、不安が増長されると考えられる。こうなると、従来うつで有効な「外在化」は無効であり、現実と自分の誇大なイメージとを埋めることが対応の要となる。

※ ディスチミア親和型うつ~いわゆる従来型うつである「メランコリー型うつ病」に対して命名された。 メランコリー型が中高年に多いのにくらべ、ディスチミア型は1970年代以降に生まれた比較的若い人たちに多いといわれている。
 社会生活におけるさまざまな人間関係、仕事のノルマや社会(企業)の規範に重圧を感じ、自ら医療機関を受診し、休職のため診断書を求めるというパターンがよくみられる。現実(仕事)回避傾向があり、会社や上司への非難を□にし、無気力、ときに衝動的な自傷行為におよぶこともある。 逃避型抑うつや未熟型うつ病と重なる部分が多くみられ、休養と服薬だけでは回復が困難なことが多いのだが、環境の好転により急激に改善することもある。

<会場とのやりとり>

Q1 新形うつ対策として今できていることと、これからできたらいいと考えることは。
A1 良好な支援はその人の周囲によるもの。職場のセクションが離れた(利害が存在しない距離の)ところに疑似家族をつくったという例もある。
A1 例えばTHPの専門委員会は20代が多く参加しており、活動的になっている。
A1 企業等の組織と離れて、個人との関係で「抱えているもの」を聴いていくが、自己愛的な傾向は確かに増えている。
A1 若者といえど、メンツをつぶさない配慮や傾聴教育が大事だ。

Q2 どのように支援するか
A2 新人教育時の「担任」がその後の職業人生で師弟関係を継続していくようにしている。斜めの関係性と言えるのではないか。

Q3 EQ能力のはかり方でストレス耐性との関連はあるか
A3 直接は無いが、感情の認知や相手の感情に関与する、相手に伝わることはストレスに関する能力のように感ずる。

Q4 新人教育にCBT(認知行動療法)の概念を入れることは。
A4 自己概念の形成や肯定感を育てることで有効である。

Q5 うつ病の周辺群(非中核群)は昔は「未熟である」とされていた。現代型に近いのではないか。
A5 患者を追跡すると、「どこかの企業にはまって生活している」と言うことも、おうおうにみられる。今の企業にしがみつく理由が希薄であれば、「一度距離を取って」と指導することもある。印象では、6~7割は再就職できているが、収入のダウンは避けられない。

 要するに、「よく分からないけど、社会的に大変な事態が進行しつつある」と言うことでした。
 ただし、素人ならそれでいいかもしれませんが、医療を職業とする人たちがこれでは、「無能」のそしりを免れないでしょう。
 企業と、医療と、労働行政、それに、しっかりした労働運動がことの解決をはかる要かと思います。
 じゃんじゃん。

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