ドイツは 「アンチ・ストレス法」 の制定を目指す2015年02月13日 09:46

全国センターのTさんのブログから転載します。非常に重要な提起です。

 朝日新聞社の 「The Asahi Shimbun GLOBE」 2015年2月1日号は特集 「メンタルヘルス 職場のうつを考える」 です。
 1面に大きく 「1 / 5 世界」 そして 『心の病』 と診断される人が増えている。本人が苦しむのはもちろん、経済への影響も心配されている。職場で家庭で、『心の病』 にどう向き合っていけばいいのか。」 とあります。
 その説明です。「世界の5人に1人が心の不調を抱えている OECDは2012年、世界の15~64歳のうち、症状の重い心の病を抱えている人が5%、軽い心の不調を抱えている人が15%いると推定した。合わせると、5人に1人が心の不調を抱えていることになる。」

 2面に大きく 「1 / 3」 とあります。その説明です。「うつ病と診断された時に勤め先に伝えるという人は、3人に1人 『うつ病と診断された場合、そのことを勤め先に言うか』との質問に対し、『言う』 が34%、『言わない』 が28%、『分らない』 が37%だった。欧州うつ協会が2012年、英国、フランス、ドイツなど欧州7か国で16~64歳の7065人を対象に調べた。」 

イギリスとドイツの状況を報告しています。
まずイギリスです。

 心の病は本人を苦しめるだけでなく、経済にも影響する。そんな議論が06年、英国で起こった。経済学者で上院議員でもあるリチャード・レイヤードが 「うつと不安障害による経済損失が年間120億ポンド (約2兆円) に上る」 との報告書を公表した。政府は、3000人を超える心理士を新たに養成するなど対策に乗り出す。
 09年には、政府も出資し支援団体が主導する 「タイム・トゥ・チャレンジ」 (変わるときだ) というキャンペーンが発足。賛同する企業が相次いだ。
 キャンペーンに加わった生活用品大手P&G。ロンドン郊外にある英国本社を訪ねた。出迎えてくれた人事部長のリチャード・セビルはこう強調した。「従業員のパフォーマンスを維持するために、心も体も健康であることが重要だ。そのためにはまず、心の健康についてオープンに語れる雰囲気を作りたい」
 セビルによると昨年秋、社員食堂につながるガラス張りの廊下の壁面に縦80センチ、横60センチのポスター6枚を貼りだした。それぞれに大きな顔写真が印刷されていて、メッセージが添えられているという。たとえばこんな具合だ。
 「15年前、私は不安障害を経験した。苦しかったが、その経験のおかげでより強い人間になることができた」
 顔写真の主は、同社の幹部や従業員6人。そのうち4人は本人が過去に心の病に苦しみ、残りの2人は家族や同僚が患ったという人たちだ。人事部長のセビルは言う。「それぞれの職場で尊敬されている6人にお願いした。心の病は克服できる。だから率直に語ろう。そのメッセージを最もパワフルに伝えられるのは、同じ職場で働く顔見知りの同僚だ」

 イギリスの3000人を超える心理士を新たに養成については、『朝日新聞』 が2009年11月17日から19日に連載した 「欧州の安心 心を癒す」 に 「イギリス 『心の病は国の損失』」 の見出しで紹介されました。取材した記者に講演をお願いしました。その時の講演録の抜粋です。

 イギリスは、軽症も含めれば6人に1人、約1.000万人が 「うつ病」 や 「不安障害」 で悩んでいるといわれています。日本の10倍ぐらいの数です。治療を受けているのはそのうちの4人に1人です。こころの病による経済的損失は年間約120億ポンド (約1兆8千億円) といわれています。
 罹患者の希望は薬より心理療法なのに、実際に心理療法を受けているのは1割未満です。しかも受けたいと思ってから受けるまで平均1年は待たなければならない状況でした。
 何とかしなければならないということで、2008年秋から国の施策としてIAPT (Improving Access to Psychological Therapies 「心理療法アクセス改善」) プログラムを導入し、“すべての患者に認知行動療法を” の計画が始められました。
 メインは認知行動療法を行える臨床心理士を3年間で3.600人育成することです。
 3年間で約460億円の予算です。希望する90万人が新たに治療を受けられ、半数が回復すると試算しました。そうすると2万5千人が疾病手当受給から外れると試算しました。まさに経済的な発想からです。

 認知行動療法とは、ものの考え方や見方「認知」を変え、それに伴った 「行動」 を取ること、心を軽くする技術を学ぶ心理療法です。
 例えばうつ病の状態の時は、誰か知り合いに出会ってもそっぽを向かれてしまった場合、あの人は私のことを嫌いなんだとさらに落ち込んでしまいます。そういうものの考え方や見方、「認知」 を変え、もしかしたら気付かなかっただけかもしれない、次に会ったらこちらから挨拶してみようというように心の重荷を軽くするスキルを学ぶカウンセリング方法です。
 治療の対象者は、成人の軽から中度のうつ病罹患者と不安障害患者で、1回50分のセッションを16~20回、心理療法と栄養指導などの生活支援を組み合わせて受けます。

 うつ病罹患者に対するいろいろのカウンセリングや療法方法があります。
 日本のカウンセリングは、大変でしたね、つらかったですねという 「傾聴型」 がメインです。しかし実は傾聴型が回復に効果があるというエビデンスはありません。唯一認知行動療法だけが効果があることが証明されています。
 認知行動療法は、色々スキルも学ぶので、治った後も再発する率が小さいというエビデンスもあります。
 日本ではまずこの薬を飲みましょうかから始まりますが、イギリスでは軽いうつ病罹患者や不安障害患者には最初は薬物治療を行いません。
 かつては1年半待ちだったが、今は数週間待ちで治療開始です。実際に全国的に導入する前に行ったパイロット・スタディーでは約半数が回復しました。

 イギリスでどうしてこの政策が実現したのか。
 2人のキーパーソンがいます。幸福経済学を研究しているロンドン大学経済政治学院のリチャード・レイヤード名誉教授とロンドン・キングス大学で臨床心理士のデビット・クラーク教授です。2人が意気投合し、2005年の総選挙で労働党のマニフェストに心理療法盛り込ませることに成功し、労働党が勝利しました。
 なぜ労働党を説得できたか。経済的損失、IATPの導入予算は3年間で460億円だが、1兆8千億円の経済的損失と比較したら導入予算の方が少ない、疾病手当も給付金も減る、おつりがくると説得したそうです。しかも生産性が向上すると。
 もうひとつ、イギリスの医療はガイドラインがしっかりしています。2004年に、医療の方向性を定める国立の診療評価機構は 「うつ病や不安障害患者への心理療法 (認知行動療法) は、薬物療法と同じ効果あり、再発防止効果はより高い」とする指針を発行しました。国はこの指針を導入する必要性にも迫られていました。
 さらにIATP治療を受ける過程で復職支援システムともリンクさせよう、そうすると職場復帰が増えるということで導入されました。


 ドイツです。
 心の病はドイツでも大きな問題になっている。健康保険組合によると、「バーンアウト (燃え尽き症候群)」 による病気休暇が04年には組合員1000人あたり4.5日だったが、11年は86.9日に急増した。自動車大手フォルクスワーゲンは11年末、労働組合との間で 「メール停止労使協定」 を結んだ。対象は事務職約1000人。夕方6時15分から朝7時まで、会社から貸与されているスマートフォンに電子メールが届かないようにした。
 職場での健康づくりに取り組む労働健康研究書の所長、ディルク・ビンデムートは 「ストレスを減らすために情報の量を制限することは有効だ」 と評価する。
 労働大臣、アンドレア・ナーレスの昨年8月、現地紙のインタビューに、労働者のストレスを取り除くことを企業に義務づける基本法 「アンチ・ストレス法」 の制定を目指す考えを表明、政府の研究機関に効果のある対策の検討を指示した。


 大きく [経済的損失] 4%とあります。その説明です。「心の病による経済損失はGDPの4% スイスに本部を置く 『世界経済フォーラム』 は、2010年に心の病が全世界で与えた経済損失を2兆4930億ドル (約290兆円) と資産した。世界の国内総生産 (GDP) の4%、フランスや英国一国分のGDPに相当する。」

 心の健康が、職場を中止に脅かされている――。そんな危機感が世界に広がっている。
 日本では1998年から14年連続で自殺者数が3万人を超え、過労自殺が社会問題になった。うつ病や躁うつ病と診断された人は2008年に100万人を突破。ほぼ10年で2倍以上に増えた。
 欧米でも職場のストレスが深刻だ。08年~09年、仏通信大手フランス・テレコムで従業員30人以上が自殺したと報道され話題になった。ドイツでは11年、「バーンアウト (燃え尽き症候群)」 が流行語になった。
 産業医として30年以上のキャリアがある英通信大手ブリティッシュ・テレコムの主任医務官、ポール・リッチフィールドは 「30年前、職場の健康問題といえば、アスベストや騒音や振動による影響だった。今、働き方はガラリと変わった。09年以降の欧州経済危機の影響で、心理的なプレッシャーは激しさを増している。欧州の企業にとって最大の健康問題はメンタルヘルスだ」 と指摘する。
 仕事のストレスが一因となりうる代表的な心の病が、うつ病だ。
 気分が落ち込み、何をしても楽しくなくなり、夜も眠れず、死にたくなる人もいる。そんなうつ病が2030年には、世界の人々の健康を害する最大の病気になる、と世界保健機構 (WHO) は予測する。
 10~20代で発症することの多い統合失調症と異なり、うつ病は働き盛りの中高年もなりやすい。経済への影響も深刻だ。
 うつ病などで仕事を辞めれば、国が失業給付や障害給付を支払う。経済協力開発機構 (OECD) によると、障害給付の支出額のうち心の病の患者の分が占める割合は09年代半ばからほぼ倍増した。医療費に占める心の病の割合もフランスで6.6% (98年) から13.5% (02年) に、ドイツで4.8% (02年) から17.4% (06年) に増えた。
 心の問題が原因で、欠勤したり出勤できたとしても充分に能力を発揮できなかったりすることもある。そんな人たちの数は、重い症状の心の病で職場を離れる人よりもさらに多く、障害給付や医療費などの直接的な支出以上に大きな経済損失とも言われる。
 ただ、心の病については、原因や仕組みに不明な点も多く、「病気」 と 「健康」 の線引きが難しい。予防も治療も手探りの状態が続いている。


 大きく 「$1.62」 とあります。その説明です。「メンタルヘルスに対する世界の人口1人あたりの年間支出 WHOの2011年の報告によると、各国の政府がメンタルヘルス政策に支出している金額は人口1人あたり年間1.63ドル。低所得国で0.20ドル、高所得国で44.84ドルと200倍以上の開きがある。」

 3面以降では、フィジー共和国や、日本の状況や解説、体験談などが掲載されています。


 バブル経済の崩壊の影響をうけて日本は 「心の病」 の 「先進国」 でしたがリーマンショック後、ヨーロッパでも問題になっています。「心の病」 の捉え方には共通点が見られますが対策は違っています。ヨーロッパでは社会の問題、そして経済に影響を及ぼすと捉えて対策が進められてます。
 お互いの成功した取り組みを共有した取り組みが必要です。

 ドイツでは、労働者のストレスを取り除くことを企業に義務づける基本法 「アンチ・ストレス法」 の制定を目指しています。
日本ではストレスチェックの掌握止まりです。日本の取り組みは本当に遅いです。 「タイム・トゥ・チャレンジ」 (変わるときだ) です。

 英国とドイツの例で、メンタル不調が企業に大きなダメージを与えることが経済的に推計されています。
 日本でも、厚生労働省やJILPTなどで推計が行われており、約3兆円~11兆円と相当幅がある推計となっていますが、ダメージがあることにはかわりありません。

 さらに今回は触れられていませんが、日本ではびこっているのは「人事権の乱用」です。人的資源をもののように動かすことが、公務職場ではまだ大部分であり、そこにメンタル不全の発症と、せっかく復職してもすぐ再発する根っこがあります。
 少し前までは、「完全終身雇用」でした。その時代は「上」の意向は絶対でしたが、いまは終身雇用の終焉とともに「上」の意向も通じなくなりました。公務の職場はそれがわかっていません。相変わらずの無責任と感情による支配がまかり通り、人的資源を無駄にし続けています。札幌市の新規採用は定員の1.5倍を取らないと、1年後には定員割れしてしまうそうです。
 今日本の職場、特に公務職場に必要なマネジメントは、「その職場をうまく回すために必要な能力と経験、アイデンティティーは何か」を問う人事システムです。
 じゃんじゃん。

DVD 「ストレスの不思議」の要約 その12015年02月16日 13:28

 DVD 「ストレスの不思議」を要約してお送りします。
 とてもわかりやすいし、重要な内容です。4回くらいに分かれます。

 私たちの心を苦しめるストレス。大きなストレスを感じると、人は不安になり夜も眠れなくなる。しかし、ストレスは害をもたらすばかりではない。ストレスには命を救う働きもある。
 サバンナで生きる動物にとってストレスとは、緊急事態が起きた時に自分の身を守るための生体反応。
 本来、命を守るための機能として備わっているはずのストレス反応は、今や私たちに災いをもたらすものへと変わってしまった。最近の研究で、ストレスが測定可能な危険因子であることがわかってきた。
 ストレスは、抽象的な概念ではない。しかも、今すぐに手を打たなければならないもの。ストレスは、私たちの体に恐ろしい影響を及ぼす。慢性的なストレスは、脳細胞を死滅させるほどの強烈なダメージを与える。ストレスは、私たちの脳を萎縮させ、肥満の原因となり、染色体にまで深刻な影響を与える。
 善と悪、両方の顔を持つストレス。その正体に迫る。

○生命維持に不可欠

 アメリカ カリフォルニア州 スタンフォード大学 神経生物学の教授 ロバート・サボルフスキーは、30年以上に亘ってストレスについての研究を進めてきた。
 彼が調べているのは、「ストレスが人体に与える影響と社会的地位がストレスの受け方にどう影響するか」。毎年、ケニアのマサイマラ国立保護区へ行き、ヒヒの群れの調査を行っている。
 ストレスと病気の関連を解明するため、人間以外の動物を観察しようと30年以上前にケニアを訪れた。この辺りには餌が豊富にあり、餌を探すのに3時間程しかかからない。その為、ヒヒには毎日9時間の自由な時間がある。彼らはその時間を仲間をいじめる事に使っている。ヒヒのストレスは、肉食動物に襲われることではなく、仲間内の社会的、精神的な摩擦によって生じる。人間社会が抱えるストレスと病気の関係を研究するのに、ピッタリのモデル。
 ストレスが身体に及ぼす影響を見るため、サボルフスキーは野生のヒヒを細胞レベルまで詳しく調査。採取した血液から、ストレス反応を起こすホルモンレベルを計測する。ストレス反応を起こす2つのホルモンから、体内の状況を知ることが出来る。一つは、アドレナリン。もう一つは糖質コルチコイド。副腎から分泌されるこの2つのホルモンが、ストレス反応の中心をなしている。
 これらのホルモンとストレス反応は、実は生命の維持に欠かせないもの。ストレスは、草食動物が肉食動物に襲われた時やその逆といった、非常に緊迫した状況で生じる。
 そうした状況では、体の基本的な機能が何より優先される。大量の酸素を取り込むために、肺は過剰に活動し、心臓がその酸素を全身に送り、筋肉の素早い反応を促す。肉食動物から逃れようと、死に物狂いで走っている時、逃げ延びるために必要のない機能は抑制される。例えば、排卵や皮膚の修復などは後回しになる。

○“適度”なストレス

 無事に逃げ切ると、ストレス反応はストップする。しかし、人間は動物と違いそのスイッチを切ることが出来ない。
 人間は精神的な事が原因で、ストレス反応を引き起こす。交通渋滞で生じたストレス反応を引きずっていると、過剰なホルモンによって、体が蝕まれる。命に関わるほどではないが、過呼吸や動悸、筋肉の緊張などの症状が表れる。あれこれ思い悩むことで、ストレス反応はストレスを引き起こした原因そのものより大きなダメージを与えるようになる。
 何か立ち向かうべき事に直面した時の、身体の対処がストレス。命に関わることもあれば、楽しい事の場合もある。適度なストレスであれば、良い刺激になる。
 大切なのは、ストレスをなくす事ではなく、適切なストレスを得る事。
 わざわざお金を払ってジェットコースターに乗り、スリルを味わうのも適度なストレスを得るため。このストレスは、一過性のもの。ジェットコースターに3週間乗り続ける人はいない。安全な環境の中で、ほんの一瞬スリルを味わって、バランスを取っている。
 しかし、普段の生活では我々人間も、野生のヒヒもストレスをコントロールすることは出来ない。喧嘩に負けたヒヒのオスは、自分よりも体が小さいオスを追いかけ、そのオスはメスに噛み付く。そしてメスは子どもを叩き、子どもは赤ちゃんを木から落とす。そういった連鎖反応が起きる。
 予測していなかった事態が起きるというのは、大きなストレスの原因になる。機嫌の悪い他者から腹立ちまぎれに、いきなりお尻をひっぱたかれるような状況が、社会的順位の低い者にとって、相当大きな精神的ストレスになる。
 サボルフスキーの大きな業績に、ヒヒの群れにおけるストレスと階層の関連を明らかにしたものがある。
 ヒヒの群れは、100頭を超えることもある。その大きくて複雑な社会で生き抜くため、彼らは人間同様、脳を大きく発達させてきた。生き残るには政治的手腕が必要。もっとも狡猾で、攻撃的なオスがトップの座に
つき、メスや食べ物を独占する上、毛づくろいをしてくれる専用のヒヒまでいる。誰が自分をいじめ、自分は誰をいじめるのか、オスは皆自分の順位を心得ている。
 22年前にサボルフスキーは、血液中のストレスホルモンを計測した調査で、ヒヒの順位はストレスホルモンのレベルを決定するということを発見した。支配的なオスはホルモンレベルが低く抑えられているが、順位が下がるにつれ数値が高まることが分かった。更に群れの中で最も順位が低いヒヒは、脈が早く、血圧も高くなっていた。
 これによって、野生の霊長類に関し、ストレスと健康の悪化の関連が初めて明らかとなった。
 群れの中でストレスを受けたヒヒは、血圧やストレスホルモンのレベルが上昇し、免疫システムもうまく働かなくなってしまう。その上、生殖機能にも変調をきたしてしまう。その時のヒヒの脳内の化学物質は、うつ状態の人間とそっくりな状態を示す。これでは健康な老後は迎えられないだろう。

つづく。じゃんじゃん。

DVD 「ストレスの不思議」の要約 その22015年02月17日 10:36

○社会階層の影響

 イギリス サー・マイケル・マーモット教授が、40年以上で28,000人を超える人々の健康状態を追跡調査してきた。ホワイト・ホールにあるイギリスの官庁では、厳然たる職場の地位が存在している。職場での地位とストレスの関連を調べるには、理想的な環境。
 法律専門の公務員として働き、職場での地位は低く、部署内でのステータスは高くない従属的な生活をしている男性は、「ストレスには、急性と慢性があるが、組織に馴染めない私は、慢性的なストレスにさらされてきたといえるでしょう。」と語る。
 一方、同じ公務員でも高い地位についている女性は、「部署の中では160人ほどの部下を抱えています。職場は活気に満ちているし、この仕事は非常にやりがいのあるものです。私は大勢の人と働くのが好きなんです。自分の仕事を楽しんでいます。」と語る。
 仕事に対する二人の対照的な見解は、驚くべき調査結果と結びついた。
 調査の結果、地位が下になればなるほど、心臓疾患などのリスクが高まることが分かった。ナンバーワンの人間より、ナンバーツー。ナンバーツーよりナンバースリーの人間のほうが、リスクが高いということ。この傾向は、最下層まで続く。公務員という安定した仕事に就いているにもかかわらず、職場における地位が、病気にかかるリスクや寿命と非常に緊密に関連していた。

 これは、ストレスの謎を解き明かす鍵となる研究だった。
 調査対象である公務員が受ける医療は平等で、環境としてはヒヒと同じ。ヒヒは皆同じ餌を食べ、活動レベルにも差がない。低い順位に位置するヒヒが、暴飲暴食をする訳ではないし、地位の低い職員がワクチンの接種を拒否されることもない。この2つの研究で示された結果は、全く同一のものだった。
 ヒヒも公務員も実に息苦しい生活を送り、生命に関わる結果を招く。職場での地位が低い公務員も、不安に怯える順位の低いヒヒも、自分より更に下の階級に位置する者を威圧し、力を誇示して威張り散らす結果となる。

 サボルフスキーは毎年、各階層のヒヒについて、ストレスに対する反応とその回復状況を調べてきた。アドレナリンを投与し、体がどのように反応するかをみる。反応はすぐに血液に表れる。それを採取し、冷凍保存する。30年間集めてきたこれらの血液サンプルは、知識の宝庫となる可能性を秘めている。この中から、新たなホルモンが発見されるかもしれない。

○病気を誘因

 ストレスが長きに渡って与える影響の大きさが認識されたのは、近年のこと。
 その昔、ストレスが引き起こす病気といえば、胃潰瘍ひとつしかなかった。しかし、1980年代初頭オーストラリアの研究者が、潰瘍の原因となる細菌・ピロリ菌を発見した。胃潰瘍は薬で治癒することが出来る病気となった。そしてこの大発見により、ストレスと胃潰瘍の関連は断ち切られたかに見えた。
 しかし、数年後さらなる研究で、このピロリ菌が特殊なものではないことが発覚する。世界人口のおよそ3分の2もの人々が、ピロリ菌を持っているということが分かった。

 では何故、一部の人だけが胃潰瘍を発症するのか? その原因にはやはり、ストレスが一役かっていた。
 ストレスを受けると免疫系などの重要性の低い機能は抑制される。免疫機能が低下すると、胃の中の細菌が一斉に暴れだす。ストレスは、細菌によって蝕まれた胃壁を修復しようとする体の治癒力を一掃してしまう。ストレスが体の治癒力を阻害し、胃潰瘍を引き起こす事が分かった。

 ストレスは、免疫機能低下以外にどんなダメージをもたらすのか?
 ノースカロライナ州 サル園 キャロル・シャイブリー博士は、20年間に亘りカニクイザルの動脈を研究。
 「ストレスは夜中に寝付けなかったり、子どもに当たり散らしたりする症状を引き起こすものだと考えられがちですが、私に言わせればストレスとは、動脈の中に出来た大きなプラークに他ならない。」
 ヒヒやイギリスの公務員同様、カニクイザルも階層社会を形成し、互いにストレスを掛け合っている。
 ストレスホルモンは、動悸や血圧上昇など循環器系の機能にも深刻な影響を与える。群れの順位に応じて、ストレスの大きさが変わるのなら、ボスザルと順位の低いサルでは何らかの違いが見られるはず。
 調査の結果、ほとんどストレスを受けたことがない順位の高いオスの動脈には、変異が見られなかった。しかし、順位の低いオスの動脈には、動脈硬化症が数多く見受けられた。
 ストレスによるホルモンの大量分泌で、血圧が上昇し、傷ついた動脈の内側にプラークが蓄積された。この状態で恐怖を感じると、動脈が拡張せず、心筋に十分な血液が送られないため、心臓発作を起こしかねない。

 ストレスは、抽象的な概念ではない。しかも今すぐに手を打たなければならないもの。先延ばしにしてはならない。今日のストレスは、明日にも自分の健康に影響をおよぼすかもしれないのだから。社会的、心理的なストレスは動脈を詰まらせて、血液の流れを悪くし、心臓の機能を危険に晒す可能性を持っている。
 しかし、ストレスの恐ろしさは、これだけに留まらない。

つづく。じゃんじゃん。

DVD 「ストレスの不思議」の要約 その32015年02月18日 10:04

○脳への影響

 サボルフスキーの研究は、ストレスがもたらす更に深刻なダメージを明らかにしてきた。慢性的なストレスと過剰な糖質コルチコイドにさらされることによって、脳細胞が破壊されるほどの強烈なダメージを受ける。
 1980年代始め、サボルフスキーは、ストレスが脳に伝わる道筋を追跡していた。
 研究チームはラットに慢性的なストレスを与え、その脳細胞を検証。健常なラットの脳細胞に比べ、ストレスを受けたラットの脳細胞は、驚くほど小さかった。
 多くの点で最も興味深かったのは、海馬が萎縮していたこと。神経生物学では、海馬は脳内の学習と記憶を司る部分とされている。ストレスは、記憶に関わる脳の部位を萎縮させていた。

 ストレスが記憶に及ぼす影響は、2種類ある。
 まず、慢性的なストレスは、脳の回路を変えることで、我々の記憶力を低下させる。一方、急性のストレスの場合は、違った症状が出る。たまにストレスで頭が悪くなったと表現する人がいるが、まさにそのような状態で、それまで熟知していたことが、しばらくの間思い出せなくなってしまう。

 ストレスは私たちの気分を憂鬱にする。シャイブリー博士は、憂鬱とは正反対の喜びの感情を手がかりに、その仕組みを解明しようと考えた。ストレスや喜びと社会的順位は関連しているのではないかと睨んだ。

 ストレス同様、快感も脳内の物質と結びついている。神経伝達物質であるドーパミンが脳内で放出され、受容体と結合すると快感を感じる。
 ペットスキャンを使い、ストレスを受けていないボスザルの脳と順位の低いサルの脳を調べた所、ドーパミンと受容体の結合が、順位の低いサルははるかに少ない。ドーパミンが少ないと普段から楽しめることも楽しくなくなってしまう。例えば、太陽や緑の木々がどんより見え、食べ物も美味しく感じられなくなる。そうした症状は、脳の機能によるものであり、脳がそのように機能するのは社会的地位が低いことに起因していると考えられる。
 社会的地位が低い状態にあるという現実そのものがストレスだが、惨めな気分を味わうことによって、更に大きなストレスがかかる。自分が持っていない物を鼻先で見せつけられたら、社会の中で貶められた気分になるだろう。

 カリフォルニア州リッチモンド。社会格差が通りからもひと目で分かるこの街を心臓医 ジェフリー・リッターマンは、通勤で通る。住民のストレスや健康状態は、こうした町並みから窺い知ることが出来る。
 この辺りに住む人は、平均余命がかなり長く、大半は健康。
 しかし、丘の上に近づくにつれ、だんだん貧しい地域に入ってくる。町並みが変わると同時に社会的階層も下がってくる。そしてそれと呼応するように住民の健康状態もはるかに悪くなっている。
 この辺りの平均余命は、先程通った中産階級エリアほど長くはない。人々は常に警戒し、ピリピリしている。このようにストレスの多い生活は、体内にストレスホルモンを分泌させ、徐々に健康を蝕んでいく。
 リッターマン医師の患者 65歳男性は、この危険な地域で、子どもたちの指導員を務めている。
 「昨年は殺人が47件、ここ4日間で発砲が11件、3人の死者が出ている。犠牲者の9割は、この子たちの親戚か知り合い。」
  慢性的なストレスは、彼の体に大きなダメージを与えた。5年前には心臓発作を起こし、糖尿病にもかかっている。この仕事に就いて20年になるが、とにかくストレスだらけ。長年の間にコレステロールの数値や血圧、血糖値が上がってきた。そのおおもとは、すべてストレス。

○肥満との関係

 イギリスの公務員を対象とした調査では、社会的階層によるストレスと太り方の関連が見出されている。単に太るというだけでなく、脂肪の付き方が問題。体の中心、つまりお腹の回りに脂肪がつく肥満は、社会的地位、さらには慢性的なストレスと関連している可能性がある。

 シャイブリー博士は、「階級社会を形成するサルにも人間と同じような傾向が表れている。順位の低いサルは、ボスザルよりもお腹回りに脂肪がつきやすくなっている。ストレスが体脂肪の蓄え方まで変えてしまう可能性があるという発見には、驚いた。」と語る。

 サボルフスキーやシャイブリーのような研究者は、ストレスが肥満の重要な要因になりうると考えている。しかもそれは、危険な脂肪。
 お腹回りの脂肪は、体のほかの部分に付く脂肪より、はるかに悪性。お腹の回りに付く脂肪は、普通の脂肪とは異なるホルモンや化学物質を作り出す。そのため、健康に及ぼす影響も異なる。

 このような脂肪を付けないためには、ストレスを軽減しなければならない。しかし、私たちの社会はストレスを減らす事とは、全く逆のことに価値を置いている。現代社会の中で賞賛されるのは、一度に幾つもの仕事をこなすような人たち。でもそのような生活には、非常に多くのストレスがかかる。
 私たちは価値観を変え、バランスの良い落ち着いた生活を送る人を尊重すべき。

○「飢餓の冬」の生存者

 ある痛ましい歴史の一コマをきっかけに、知らない間に受けるストレスの恐ろしさが明らかになった。
 1944年厳しい冬とナチスの占領政策により、オランダは食料危機にさらされた。「飢餓の冬」と呼ばれるこの時期を生き延びた人々にとって、当時の苦しみは、忘れがたいものとなっている。

 オランダの研究者 テッサ・ローズブーム博士は、飢餓の冬の体験者から話を聴き、その影響を調べてきた。
 飢餓は、他のストレスと同様の反応を体に引き起こすことが知られている。そしてその影響は、当時母親のお腹の中にいた胎児にも及んでいる可能性がある。
 戦時中の詳細な記録から、2400人を超える該当者を割り出すことに成功し、飢餓の時期、もしくはその直後に生まれた人々のデータを分析した結果、胎児の頃飢餓にさらされた人々は、そのストレスによってもたらされた影響に、60年以上経った今も苦しめられていることが分かった。
 飢饉の時、母親のお腹の中にいた人々は、心臓に疾患があったり、コレステロールの数値が高いだけでなく、ストレスに敏感であることが分かった。飢饉の前に生まれた人や、その後に身籠られた人たちより健康状態が悪かった。母親の血液中のストレスホルモンが、胎児の神経系を変化させたと研究者はみている。胎児の時初めて出会った強烈なストレスの衝撃は、60年後の今も彼らの体に残っているのである。

 ストレスは、脂肪の付き方を変えるだけではない。
 このような強いストレスは、脳の中の化学物質や大人になってからの学習能力、そしてストレスへの対応能力などにも影響を及ぼす。それだけでなく、胎児の時に受けたストレスは、うつ状態や精神疾患になりやすいかどうか、といったことにまで影響する可能性がある。
 飢餓の冬に見られた現象は、生まれる前の環境や経験から受けたストレスが、その後の人生に傷跡を残し続けるということを明らかにした。

つづく。じゃんじゃん。
追伸。私も海馬が萎縮中です。
「マタハラ」はこの意味でも犯罪だ。

DVD 「ストレスの不思議」の要約 その42015年02月19日 10:52

○ひと筋の希望

 ストレスが体に与える影響を細胞レベルで調査してきたサボルフスキーは、さらに一歩踏み込んだ研究に取り組もうとしていた。
 現在、ストレスの研究における新たな方向性として注目されているのが、ストレスが遺伝子に与える影響を解明すること。数年前には誰も想像しなかったこと。
 ストレスによって影響を受ける遺伝子。それが染色体の末端を保護するテロメア。テロメアは、年齢とともに短くなっていく。ストレスホルモンによってテロメアが短くなるスピードが加速される。つまり、年齢が同じでも地位が低く、常にストレスホルモンを分泌している人のほうが、テロメアは短くなっていると考えられる。

 この発見はどのようなことに役立つのか?
 ジャネット・ローソンは、慢性的なストレスを抱える同じ境遇の母親たちと週に一度、会合を開いている。彼女たちは皆、障害児を抱えている。テロメア研究の第一人者 生物学者 エリザベス・ブラックバーン博士は、彼女たちに注目した。このグループの話を聞いて、長年難しい立場に置かれてきた母親たちの細胞で、何が起こっているのかを調べてみる価値があると思った。
 人の染色体は、46本。その末端を覆っているのがテロメア。私たちは加齢とともに短くなるテロメアが慢性的なストレスの影響を受けるかどうか、突き止めようと考えた。そこで、障害児を抱える母親たちを調べてみることにした。
 彼女たちのテロメアに何が起こり、どのように維持されているのかを詳しく分析した。その結果、テロメアの長さはストレスの量とストレスに耐えてきた年数に関連しているということが分かった。
 ブラックバーン博士の同僚、心理学者のエリッサ・エペル博士もこの研究に加わっている。
 「幼い子どもを持つ母親は、大きなストレスを抱えている。仕事と子育ての両立に追われ、自分のことなどかまっていられない。健康な子どもを持つ母親でさえそんな状態ですから、子どもに障害がある場合、母親にかかる負担はさらに膨大なものとなる。くたくたになった体にストレスを受け、時には早くに亡くなることもある。」
 彼女たちのテロメアは短くなり、酵素の活性も抑えられる。障害を持つ子どもを育てていると、一年でおよそ6歳分も老化が進むことになる。
 よく老け込んだと言うが、それは単なる愚痴ではない。医学的な老化が実際に進んでいる。慢性的なストレスにより引き起こされたものだと言える。

 しかし、希望もある。ブラックバーン博士は、テロメアを修復する酵素 テロメラーゼを発見した。
 同じ境遇にいる者同士で気持ちを分かち合うこともテロメラーゼを活性化させることにつながると考えられている。ストレスを軽減し、寿命を伸ばしてくれる有効成分を解明すること。これは、この分野における研究課題の一つになっている。他者への同情や思いやりは、重要な要素かもしれない。それによってテロメラーゼが増加し、細胞の若返りと再生が促進される可能性がある。


最後の「その5」につづく。じゃんじゃん。