第22回産業ストレス学会の報告 32014年12月05日 10:25

<新型ウツ等の対応困難事例の支援-労務管理と連携した職場復帰支援を中心に> 2の1

 一般の管理・監督者や産業保健スタッフでは解決が難しい問題行動を示す精神疾患(対応困難事例)は、パフォーマンスや協調性に問題があり改善が難しいケース(自閉症スペクトラム症、注意欠如・多動症、パーソナリテイ障害(PD)、統合失調症等の一部)、周囲に迷惑を及ぼしていながら病識に乏しく家族の協力も得られず治療が困難なケース(統合失調症等の一部)、長期の休業を繰り返すケース(統合失調症、双極性障害、うつ病、アルコール関連障害等の一部)である。

 近年、対応困難事例として注目されるいわゆる「新型うつ病」は、人事労務管理担当者や産業保健スタッフが挙げるその特徴から、多くが自己愛牲パーソナリテイ障害の傾向を有していると推測される。うつ病者は執着性格やメランコリー親和型性格を有しているという先入観を抱いていると、「新型うつ病」は不思議な新しいうつ病に見えるであろう。しかし、パーソナリティ障害の傾向のために不適応を来してうつ病を発症したと考えれば、不思議な存在ではない。
 また近年、軽症うつ病が気軽に医療機関を受診するようになり注目されるようになったと思われるが、職場では昔から少なからず見られた病態である。

 「新型うつ病Jなどの対応困難事例への対応の基本姿勢は、「親身のお世話と毅然とした態度jである。
 自らを被害者と位置づけ過大な配慮を要求する本人と、本人の要求を忌々しく感じる職場との対立は、ことに職場復帰の場面で先鋭化することが多い。関係者の感情的な対応や法令・規則に沿わない対応は、本人とのさらなる感情的対立やトラブルを引き起こすこととなる。産業保健スタッフとしては、現実に生じ得る問題に対して、法令や判例も踏まえて対応法や考え方を明確にしておくとともに、当該管理者だけでなく人事労務管理担当者と連携することが求められる。

1.うつ病の病前性格

・執着気質~熱中性、凝り性、徹底性、几帳面、強い責任感→感情的疲労状態に陥り発病
・メランコリー親和型~秩序への過度な固執と自己への過度な要求水準
→几帳面、堅実、綿密、勤勉、強い責任感、仕事熱心、誠実、律儀、世話好き、権威・序列の尊重
→古い秩序から新しい秩序への適応に問題

~「アメリカでは受け入れられず、ドイツでも廃れたものの、日本の精神医学界には影響を与えたのだ。この性格は特に日本で尊重される人格特性である。(Watters)」~

2.新型うつ病の登場

 SSRIが登場した後、「うつ病は心の風邪」と言われるとともに、新型うつ病も登場した。
 その特性は、(野村総一郎 2011)
①大うつ病と言える重症度を持っている。
②几帳面、真面目人間、他者配慮といった古典的メランコリー親和型には全く合致しない。
③誘因としてストレス状況があり、そこに向き合えず逃げている感じ。復職への危機意識も乏しい。
④自分に問題があるという認識は持つが、どこかに被害者である、損しているという認識がある。
⑤状態は無気力、倦怠、仕事自体への興味関心が薄いが、ネットやゲームといったデジタル世界に傾斜する傾向(いわゆるオタク的)。
⑥治療者との関係は否定的でないが、置かれた状況への洞察は薄く、深まりにくい感じ。

3.新型ウツ病者の特徴(広瀬徹也 2008)

①連休後や月曜日に欠勤しがち
②職場恐怖の症状が出やすく、職場に近づくと不安が強くなり、引き返すことがある。極端には遁走することも。
③抑うつ気分や希死念慮は目立たず、おっくう、だるさなどの抑制・倦怠感、易疲労性が全体に出て、寝込みから欠勤にいたる。ただし、身体症状や心気症状は見られない。
④一般の過労気味の就労者が週末には寝だめをしたり、家でゴロゴロしがちなのと対照的に、週末は朝早く起きたり外出やドライブに行くなど活発に過ごす。長い休業にあるものが臆面もなく海外に行くのもその延長上の現象と考えられる。
⑤評価に敏感であり、認めてくれる上司の下では軽躁を思わせるほど張り切り、良い成果を上げることもあるが、逆の場合は極端に落胆し、欠勤となりやすい。反省や自責はないがさりとて職場や上司を攻撃するほどの精力性は示さない。
⑥他人を押しのけるほどの自己顕示性はないが、自己愛的でプライドは高く、それが傷つけられることには耐えがたいため、それを守るのに汲々としがちである。
⑦典型的には30歳前後の高学歴の男性が圧倒的に多く、女性にもてる傾向があり、既婚者や恋人がいる例がほとんどである(ただし遷延後の離婚はありうる)。
⑧転職に走ることなく、休職期間満了まで留まる傾向がある。
⑨病識に乏しく、自ら受診することは稀で,上司・妻・親などの強い勧めで受診入院に至る。
⑩抗うつ薬の効果は初期にはある程度みられるが次第に目立だなくなる。

※自己愛的性格の特徴と弱力性ヒステリー性格の特徴を併せ持ち、気分障害、特に非定型うつ病の体質と相まって、抑うつや不安、恐怖、軽躁を示しやすくなる。

4.うつ病か「不適応」か

① 「職場不適応症」という言葉は昔からあった。それは、「職場に問題があり、 あるいはそこに働く個人にも問題があって、その職・職場に適応しがたい」または、「能率を損ない、職場にも迷惑を及ぼし、生活経済、家庭、自己の心身にも損勘定を生ずるという一貫した不具合の現れ」(1971 小沼十寸穂)
②うつ病という側面から見ると、新型うつ病は「典型的な」うつ病者が抱える執着気質やメランコリー親和型が認められないので、不思議なうつ病という印象になるが、職場不適応という側面から見ると、性格や能力で職場や学校に不適応した人がウツ症状を呈したと見なすことが出来、不思議なことではなくなる。従来の典型的うつ病も、その病前性格のために不適応を来たし、ウツ症状を呈していると見なすことも出来る。
③病像の違いは、真面目で要領が悪い人や、未熟な性格でもその性格の偏りと置かれた状況との兼ね合いでうつ病に陥ることがあり、もとの性格の違いで病像が違ってくることもある。従来ウツでは、心身の不調が生じてもがんばり続けるため重症化することが多いが、一方、困難な状況から逃げ出す、自責感に乏しい(=責任転嫁しやすい)人は、ストレス状況から離れると軽快する。そして気軽に受診していることが考えられる。
④「大うつ病に匹敵する重症度があるか」については、ほとんどが本人からの聴取による診断であり、生活態度を含めた実態としては、内因性と認めがたい面もあるのではないか。

5.産業保健スタッフや人事担当者が考える新型ウツの特徴

○自己中心的傾向~自己中心的態度や行動。自分の行動の責任を他者や状況に転嫁する。
○自己愛的傾向~自己愛と言える程度までに行動や態度の偏りが顕著で、他人を操作して自分の希望を叶えようとする。能力(知的水準)が高い場合があり、理想と現実のギャップにより発症する例がある。制度を利用した権利主張・他者への批判や攻撃性が出やすい。
○回避的傾向~新しい状況や変化、自分がチャレンジすべき状況、自分の能力が試される場面を回避しようとする傾向。回避するために詳細であまり意味のない条件や本来の意図とは異なる条件を示したりする。
○短絡・享楽的行動傾向~自分の行動の結果や影響を考えずに行動する傾向。カラオケ・ゲーム・海外旅行などの享楽的な行動を後先を考えず没入する傾向として観察される。
○権利主張傾向~職場や企業の制度、前例などを自分の要求やご都合よく解釈し、当然の権利として要求主張する。しばしば自己愛傾向と同時に存在する。

6.自己愛性PDの定義(DSM-5)

 誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

①自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。
②限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
③自分が “特別” であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちに(または団体で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
④過剰な賞賛を求める。
⑤特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
⑥対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
⑦共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
⑧しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
⑨尊大で傲慢な行動、または態度。

7.自己愛性PDの対応

 自己愛傾向の他、回避傾向や短絡・享楽的傾向も診断を支援する特徴に入っている。
 新型ウツの全てが自己愛性PDに該当するわけではないが、新形ウツの定義が存在しないため、様々なPDが含まれる可能性があり、新形ウツのケースの多くは自己愛性PDに該当するかその傾向を有すると推測されている。
 学生時代には「教えられたことを試験やレポートで再現する」「具体的に指示されたことを実行する」という能力で無難に過ごしても、職場で求められる「組織の目標の中での自分の位置づけ、役割、上司や同僚の意図を正確につかみ、自分のすべきことを主体的に判断し、しばしば上司から叱責されながらそれを実行し続ける」こととは大きなギャップがあり、破綻をきたしているのではないか。
 対応の基本となる考え方は、「会社としては、あなたが就労できる為の正当な支援をしましょう。ただし、あなたも就労にあたっては正当な努力を払ってください」という在り方である。
 このような会社の在り方は、全面的に患者の愁訴を受容して病理を強化することなく、しかも患者に被害感を抱かせない。あくまで会社側は正しい手続きを取り続けることで、患者に「私は会社の被害者だ」という立場を許さないのである。
 もし仮に会社側が「あなたの言動は社会通念の上で筋が通らないので、会社を辞めてください」という強行的な手段に出た場合、患者を怒らせた結果、裁判が長期にわたって続くかもしれない・・・また仮に会社側が、患者の病理を強化している治療者の主張を全面的に受け入れたとしたら、患者の休職は長期間続くことは間違いない。そうならないことの留意さえ会社側にあれば、患者は自ずと、理想化された自己イメージが傷つかない、自分の適性にあった場所へと去っていく。

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