愛がそだてる赤ちゃんの脳 その22015年09月01日 09:11

 言語習得はすべて同時進行

 産婦人科病棟の病室に、最初の被験者が運ばれてきた。 研究アシスタントが、ボタンのようなセンサーがたくさんついた装置を赤ちゃんの頭にかぶせた。この実験では、さまざまな音の連なりを聞かせて、脳の活動を調べる。
 同様の方法で、新生児が異なる音のパターンをどの程度識別で、きるか探ってきた。赤ちゃんに音の連なりを聞かせ、体内の血流変化を計測する近赤外分光法を用いて、脳の活動状態を調べるのだ。
 その結果、「ム・パ・パ」のように2番目と3番目に同じ音が続くABBパターンと、「ム・パ・ゲ」のようにすべての音が異なるABCパターンを聞かせた実験では、ABBパターンのほうが発語と聴覚処理を担う脳の領域が活発に働くことがわかった。
 その後の研究で、新生児にはAABパターンとABBパターンの違いを聞き分ける能力があることも確認された。

 こうした発見に大いに興奮している。音の順番は、単語と文法が成り立つ土台になるからだ。「音の位置に関する情報は、言語にとって非常に重要なんです」と。
 新生児が音の順番に反応するということは、言語習得の基礎となる神経回路網は出生時にすでに形成されていることを意味する。これは重要な知見だと。
 「言語の習得は一定の順序に従って進むと、長年考えられてきました。まず音を聞きとれるようになり、次に単語の意味を理解し、さらに複数の単語の連なりがわかるといったように。しかし最近の実験で、最初からほぼすべての機能が同時進行で、発達することがわかってきました。赤ちゃんは生まれた直後から文法の規則を習得し始めるのです」

 ドイツのライプチヒにあるマックス・ブランク認知脳科学研究所では、生後4カ月のドイツ人の赤ちゃんに耳慣れない言語を聞かせる実験で、こうした言語習得プロセスを裏づける結果を得た。

 まず、「兄は歌えます」と「姉は歌っています」を意味するイタリア語の文を聞かせる。3分後にまた別の文をいくつか聞かせるが、そのなかには文法的に間違った文も入れてある。
 赤ちゃんの頭に小さな電極をつけてイタリア語の文を聞かせたときの脳の活動を調べた。赤ちゃんの脳は、最初はどの文にも同じような反応を示す。だが何回か繰り返すうちに、文法的に間違った文には明らかに違った反応を示すようになった。
 わずか15分ほどで、赤ちゃんはどの文が文法的に正しいかを理解したようだった。「文の意味はわからなくても、文法的に正しいかどうかは判別できるようでした。この段階では、構文規則ではなく、音の並びの規則性で判断するのでしょう」と。

 これまでの研究で、2歳半ぐらいの子どもは人形劇の人形が文法的に間違ったせりふを言うと誤りを訂正できることがわかっている。3歳までには、大半の子どもがかなりの数の文法の規則を習得しているようだ。この頃を境に語彙が急速に増え始める。こうした言語能力の開花を支える土台となるのが、神経回路網の形成だ。それにより、耳にした文を音としてだけでなく、意味や構文などさまざまなレベルで処理できるようになる。

 子どもが言語を習得するまでの脳の発達過程はまだ完全には解明されていないが、確実に言えることがある。「脳という“器”だけでは不十分で、情報のインプットが必要だということです」

 つづく。じゃんじゃん。

愛がそだてる赤ちゃんの脳 その32015年09月02日 09:24

 所得と“語りかけ”とIQの関係

 米国カンザス大学の児童心理学者がある研究を行った。低所得層から高所得層までを含む42の家庭を対象に、親子の会話のやりとりを録音し、子ともが生後9カ月から3歳に成長するまで追跡調査したのだ。

 その結果、驚くべきことがわかった。両親が大学教育を受け専門職に就いているような裕福な家庭では、子どもは1時間当たり平均2153語の語りかけを耳にしていたのに対し、生活保護を受けている家庭では平均616語と大差があった。低所得家庭の親は、子どもにかける言葉も「だめ」「下りなさい」など短い命令調のものが多く、生活に余裕のある家庭では、ある程度長い会話が交わされることが多かった。低所得家庭の子どもは、いわば言語発達のための“栄養”が不十分だということだ。

 さらに、親の語りかけの量が大きな違いを生むこともわかった。親との対話が多かった子どもは、3歳の時点でIQがより高く、9歳と10歳のときにも学校の成績が比較的良かった。

 子どもに多くの言葉を聞かせるだけで済むなら話は簡単だと思うかもしれない。だがテレピやCD、インターネットやスマートフォンでいくら言葉を聞かせても、あまり効果は期待できないようだ。ワシントン大学の神経科学者らは、生後9カ月の赤ちゃんを対象とした調査で、このことを実証した。
 赤ちゃんは1歳までに母語の音声を聞き分けられるようになるが、これはなぜなのか。実は、赤ちゃんは生後数カ月まではどんな言語の音声も聞き分けられる。だが生後6~ 12カ月の間に母語を聞き分ける能力が発達する一方で、外国語の音声を聞き分ける能力が失われていく。たとえば、日本人の子どもなら、この時期に英語のLとRを区別できなくなる。

 英語を話す家庭の生後9カ月の赤ちゃんに中国語を聞かせる実験を行った。
 中国語を母語とする保育士たちが遊び相手をし、本を読み聞かせたグループの赤ちゃんは、「保育士によく懐きました」と。別のグループには、同じ保育士たちが中国語を話す映像をビデオで見せた。第3のグループには映像は見せず、録音した音声だけを聞かせた。すべてのグループに12回のセッションを受けさせた後、中国語の似通った音声を聞き分けられるか、脳磁計を使ってテストした。

 事前の予想では、ビデオを見たグループも、保育士と顔を合わせたグループと同程度の成績になるだろうと考えられていたが、実際には両者の成績には大きな差があった。生身の触れ合いがあったグループは、中国語を母語とする人たちと同様に音声を聞き分けられた。ところが映像や音声だけで見聞きし、実際の触れ合いがなかった二つのグループは、中国語の音声をまったく判別できなかったのだ。
 「とても驚きました。この発見で脳についての基本的な考え方が変わりました」と。
 この研究結果などを基に、ある仮説を提唱した。他者との関わりが、言語、認知、感情の発達の入り口となるという説だ。この考えを「人間関係の入り口仮説」と名づけた。

 つづく。じゃんじゃん。

※ 日本語としておかしい部分がありますが、個人名を省略したためです。

愛がそだてる赤ちゃんの脳 その42015年09月03日 09:34

 その3で終わらなかったですね。

 1960年代半ば、共産主義の指導者ニコラエ・チャウシェスクの政権下にあったルーマニアでは、農業国から工業国への脱皮を目指して強引な人口増加政策が進められた。避妊や妊娠中絶を法律で制限し、子どものいない25歳以上の夫婦には税金が課せられた。また国営工場に労働力を送り込むため、何千もの世帯が農村部から都市への移住を強いられた。
 こうした政策はやがて数多くの孤児を生むこととなる。親に捨てられた子どもたちはリャガン(ルーマニア語で「ゆりかご」の意)と呼ばれる国営の施設に収容された。
 1989年にチャウシェスクが失脚して初めて、孤児たちの過酷な状況が外部に知られるようになった。乳児期の子どもたちはベピーベッドに寝かされたまま何時間も放置されていた。一人の養育係が15~20人の乳児の世話をしていたため、ミルクを与えるときと入浴させるときくらいしか、一人ひとりと触れ合う時間はなかったのだ。

 こうした乳児期の育児放棄(ネグレクト)が脳の発達に及ぼす影響を探るため、2001年に米国の三つの大学の研究者たちが、6カ所の施設の子ども136人を対象に調査を開始した。

 彼らは施設にいた子どもたちの異常な行動にショックを受けた。調査を始めた段階で2歳未満だった子どもたちの多くは、養育係にまったくなついておらず、動揺したときも養育係に助けを求めなかった。
 「子どもたちはまるで野生児のような行動をとりました。ただ無意味に歩き回ったり、床に頭を打ちつけたり、1カ所でぐるぐる回ったり。その場に立ちつくす子もいました」と。

 子どもたちの脳波を調べると、同年代の一般の子どもに比べて、脳の活動が弱かった。「まるで調整スイッチで、照明を暗くしたみたいに、活動が抑えられているようでした」と。
 ソーシャルワーカーの協力を得て里親を選び、子どもたちの半数を引き取ってもらった。残りの半数はそのまま施設に残った。里親には月々の養育費に加え、本やおもちゃ、おむつなどが支給され、ソーシャルワーカーの定期的な家庭訪問を受けた。

 その後数年間の追跡調査を行ったところ、二つのグループに大きな差異が表れた。2歳までに里親に引き取られた子どもたちは、8歳になった時点で、脳波のパターンが一般的な8歳児と見分けがつかなくなったが、施設に残った子どもたちの脳波は依然として弱まったままだった。

 また、どちらのグループも、同年代の一般の子どもと比べて脳の容積が小さかったが、里親に引き取られた子どもたちの脳は施設に残ったグループよりも白質が多かった。これはニューロンから伸びる軸索が多いことを示している。

 「里親の養育を受けたグループは、ニューロンの結合が増えたと考えられます」と。

 さらに、二つのグループの最も顕著な違いが4歳の段階で明らかになった。それは他者と関係を築く能力だ。「私たちが介入したグループ、とりわけ早い時期に里子になった子どもたちは、普通の子どもと同じように養育者と関係を結べるようになっていました。成長過程の早い段階であれば、脳に十分な可塑性があり、望ましくない体験を克服できるようです」
 この発見は大きな希望をもたらすと。

 乳幼児期に十分な愛情を与えられず発達が阻害された子どもでも、脳が変化しやすい「臨界期」と呼ばれる段階にあるうちに適切な養育環境に置かれれば、発達の遅れを取り戻せる可能性があるというのだ。

<終わり>

 さあ、どうでしたでしょうか。

 一つは、ルーマニアの調査で、いくら学問のためとはいえ、わざわざ里親のいないグループを作るなどという、人道に外れることをしているのは、いかにもアメリカ的であると思います。
 もう一つは、この図にあるように、5才までに脳の機能的なものが決まっていくと言うことは確かなようです。そして、それを育んでいくのは、精神医学が解明したように「お母さん」なのです。

 私の意図することがご理解いただけたら、幸いです。
 じゃんじゃん。

シリーズ 睡眠について その12015年09月11日 10:35

 まず、読んでいただいているようなんですが、反応がないのはどうしてなんでしょうか?
 「面白くないから、やめれ!」などの刺激的な反応を望みます。

 今回からは、「睡眠」です。
 年をとると睡眠時間が短くなることはご存じの通りですが、現職に比べ、リタイア組は睡眠に充てられる時間がぐっと増えます。
 昼寝もし放題です。
 とはいえ、国民の7割は睡眠不足になっているという統計もあるとか。

 ということで、20回くらいのシリーズになると思いますが、とあるサイトからわかりやすい内容でお送りします。

◎ はじめに

 現代日本人のおよそ5人に1人が、睡眠に関する何らかの不満や悩みを抱えていることがわかっています。睡眠不足や不眠に悩む多くの方々に、充実した睡眠生活を手に入れていただきたいと思い、情報や経験を公開しています。
 睡眠は人生のおよそ3分の1を占める大切な時間です。十分な睡眠は精神衛生上良い効果があるだけでなく、人体の新陳代謝を促進します。
 忙しい現代人にとって、心身の健康を回復させるためにとても重要な役割を果たしています。しかし、不規則な生活や社会生活から受けるストレスなどが原因で、睡眠に関する悩みを持っている人が増えています。
 慢性的な睡眠不足は、集中力や思考力の低下をはじめ、社会生活に支障をきたしたり、重大な事故の原因ともなりえます。たかが睡眠不足と甘く考えてはいけません。
 わたしたち一人一人が体質や性格が違うように、睡眠スタイルも千差万別です。よって、当然ながら、すべての方に対して100%効果のある完璧な「快眠マニュアル」のようなものは存在しないのです。しかし、人体や睡眠のメカニズムを理解し、睡眠の基本的なルールさえしっかりとおさえておけば、自分自身に一番合った快眠法がきっと見つかるはずです。

◎ 睡眠の役割とは何か

 人はなぜ眠るのか、という根源的な質問に対して、たったひとつの確定した答えはありません。現在わかっているだけでも、睡眠にはたくさんの役割があります。

■休息
 単純に考えて、一日の心身の疲れを癒すために眠る、という考え方が一般的です。体と脳を休息させるために眠りは必要不可欠です。よく眠ることによって大脳は休息すると同時にその機能を調整して、翌日朝から再び正常な指令を全身に送ることができます。睡眠が不足すると、大脳が疲労を回復できず、感情のコントロールがきかなくなるなどの障害が出てきます。頭痛、全身のだるさ、集中力の欠如といった症状も出てきます。睡眠中は体温が下がり血液の温度も下がります。この少し「冷たい」血液が脳の中を流れることにより「頭が冷やされる」ことになり、それが脳の疲労回復に役立ちます。
 しかし、睡眠中の脳の活動は決して完全な休息状態ではありません。一日のうちに吸収した膨大な情報を整理し、必要なものと不要なものに分類し、必要なものについてはその情報を記憶として脳に記録しています。睡眠中の脳は、活動レベルがゼロになるほど完全な休息になることはなく、場合によっては体が活動している昼間の脳よりも活動が活発なこともあります。
 この分類・記録の作業が夢を見ることと関係していると言われています。夢を見ている比較的浅い眠り(レム睡眠)の時に、記憶を脳に記録する作業をしていると考えられているのです。

■成長ホルモン
 寝る子は育つ、とよく言います。よく眠る子どもは大きく成長することを、昔の人は経験的に知っていたようです。これにはしっかりとした科学的裏づけがあります。
人間は寝ている間に成長ホルモンを分泌します。成長ホルモンには細胞を再生・修復する新陳代謝の作用があり、特に眠りに落ちてからの最初の3時間程度の間に集中的に分泌されます。小学生くらいの子どもは、一度眠りに落ちてしまうと、周囲がゆすっても叩いても起きないくらい深い眠りに入ります。まさにこの時に、子ども体内では成長ホルモンが活発に分泌されているのです。
 成長ホルモンは子どもが大きく成長するために必要ですが、実は子どもだけでなく大人にも必要なものです。成長ホルモンが不足すると、体内に老廃物が溜まってしまい、血管が詰まったり肌や頭皮が新しく生まれ変わらないなど様々な弊害が出てきます。
 睡眠不足になると肌が荒れて化粧のりが悪くなるのは、多くの女性が経験から知っています。質の高い睡眠をとることによって、たっぷりと成長ホルモンを分泌させて肌の新陳代謝を高めれば、朝起きたときの肌の調子がまったく違います。眼の周りにクマができるのも、成長ホルモンの不足が原因です。

■免疫
 風邪を引いたら寝るのが一番だ、とよく言いますが、これは睡眠の目的のひとつを適格に表しています。人間は睡眠中に免疫力が高まり、病気を直そうという自然の力が働きます。風邪っぽいなと感じた時は、少し長めの睡眠をたっぷりととれば、免疫力と自然治癒力が高まって、朝には治ってしまうでしょう。逆に言うと、睡眠不足の時は体の免疫力が下がっていますから、風邪の菌に対する抵抗力が弱っていて、風邪を引きやすくなります。

■ストレス物質除去
 眠っている間に脳内でつくられる睡眠物質は、神経細胞から発生する活性酸素を分解してくれます。睡眠は神経細胞の機能を回復させると同時に、ストレスの原因ともなる有害物質を除去してくれるのです。

とりあえず、第1回 じゃんじゃん。

シリーズ 睡眠について その22015年09月14日 10:00

◎ 現代人の睡眠スタイル

 現代の日本では、世の中全体が忙しく動いており、睡眠時間を犠牲にしてでも仕事をしたり遊んだりしてしまいがちです。24時間営業の店が増えたこともあり、生活は不規則となり睡眠の質は下がる一方です。今や5人に1人は眠りに関する何らかの悩みを抱えていると言われています。現代ほど、人が睡眠不足や不眠に悩まされている時代はかつてなかったと言ってもいいでしょう。
 ある調査によると、都心のサラリーマンの平均睡眠時間は約7時間となっています。土日が休みの人の場合、平日よりも土日の睡眠時間は長くなり、週末にまとめて寝ることによって平日の慢性的な睡眠不足感を補っている人が多いようです。金曜日になると一週間の疲れが蓄積され、体力的にはかなり疲れきっています。しかし、金曜日には飲み会やイベントが企画されることが多く、「明日は休みだ」という安心感から、ついハメを外して飲みすぎたり遊びすぎたりしてしまうものです。
 このような現代人の金曜日の典型的行動は、金曜の夜から土曜の朝にかけての睡眠の質を低下させてしまいます。つまり、浅い眠りをダラダラと続けてしまい、土曜日の午前中をムダに過ごしてしまうことになるのです。
 週末、特に日曜日にお昼近くまでついダラダラと眠ってしまう人は、平日の一定の生活リズムが狂ってしまい、日曜の夜になるとなかなか寝付けなくなってしまいます。 こうして睡眠不足の状態で一週間をスタートさせることになり、本来の生活リズムに戻らないまま、睡眠不足感の抜けない一週間を送ることになってしまいます。土曜日の朝寝坊はある程度は仕方がないとしても、日曜日は平日と同じ時間に起きることが、次の一週間をスッキリと過ごす秘訣です。理想的には、金曜日の夜は少し早めに寝て、土曜の朝も平日と同じ時間に起きる。そして日曜の夜は少し早めにベッドに入るのがベストです。

 日本の職場では、定時に帰ってしまう人よりも、毎日遅くまで残業している人のほうが評価される風土がいまだに残っています。そうした社会背景や職場でのストレス、キャリア形成に対するプレッシャーなど、現代の社会には睡眠の質を下げる要素がたくさんあります。家族と過ごす時間を増やしたり、仕事とは無関係の分野で何か打ち込める趣味を見つけるなどして、精神の健康を考えることが、ぐっすりと良い睡眠を得るためには非常に大切です。

◎ 必要な睡眠時間は人それぞれ

 人間に必要な睡眠時間はどのくらいでしょうか。人は一日に8時間寝なければならない、と考えている人が少なくありません。そう信じている人は、自分は6時間しか寝ていないから睡眠不足だと言います。実は、人間が必要とする睡眠時間は「一日8時間」だという説には、まったく根拠がありません。
 統計的に、日本人の平均睡眠時間は、7~8時間の人が約35%で最も多く、8~9時間が約25%、6~7時間が約20%だと言われています。「一日8時間説」は統計の結果、8時間程度寝ている人が一番多かったということに過ぎず、言わばひとつの思い込みに過ぎないのです。
 しかしこの8時間説は、睡眠に関してもっとも根強いひとつの常識になってしまっています。ぐっすり熟睡するためには、まずこの常識を忘れてしまいましょう。
 もちろん、8時間寝るとスッキリして調子がいい、という人はいます。でもそうした人ばかりではありません。必要とされる睡眠時間は個人差が非常に大きく、年齢、性別、季節、生活環境、職業などによって変わるのです。5時間で十分な人もいますし、逆に10時間は寝なくては、という人もいます。また、同じ人でも生活環境によって睡眠時間は変わります。
 一般的に、11月から12月にかけて睡眠時間は少しずつ長くなり、真夏の7月、8月は一年でもっとも睡眠時間が短くなります。太陽が出ている時間の長さが短いと、それだけ人間は眠る時間を増やす。この基本パターンは人類の歴史上おそらくずっと変わっていません。
 歴史上の人物で見てみると、よく知られているようにナポレオンは一日3時間しか寝なかったと言われていますが、一方でアインシュタインのように10時間の睡眠が必要だった人もいます。つまり、人間に必要な睡眠時間は人それぞれであり、一律に○時間寝るのが正しい、といった明確な基準はないのです。ですから、8時間寝ていない自分は睡眠不足に違いない、などと悩むことは非常にばかばかしいことなのです。
 8時間必要な人が6時間しか寝ていないのならば、睡眠不足によって体調不良が続いているかもしれません。また、4時間で十分な人が6時間寝ていたら、睡眠時間を多くとりすぎていてかえって非効率かもしれません。週ごとに睡眠時間を変えて実験してみるなどして、自分にとって無理のない睡眠時間はどのくらいなのか、正しく把握することが大切です。
 目覚まし時計を使わずに自然に気持ちよく起きられて、心身ともに充実した生活を送れるのであれば、それがあなたにとってベストな睡眠時間だということになります。
 一番簡単な方法は、起きる時間を一定にして、寝る時間を30分単位で変化させることです。日中に眠気を感じずに快適に過ごせたら、それがあなたにとっての最適な睡眠時間です。
 ちなみに赤ちゃんは一日に16~20時間程度眠りますが、成長するにつれて少しずつ睡眠時間は短くなります。学校に行く年齢になると社会的な制約もできて昼寝をするわけにはいかないこともあり、昼に起きて夜眠るという睡眠パターンがだんだん身についていきます。
 30代後半ぐらいから、年齢とともに睡眠時間は少しずつ減っていきます。老人が朝が早く、眠りが浅くなることはよく知られています。

◎ 妊娠するとなぜ眠くなるのか

 妊娠した女性は昼間でも強烈な眠気に襲われることがあります。妊娠したということは、子孫を残すという女性としての大きな責任のうち、最大のステップを乗り越えたことを意味します。積極的に出かけていって素敵な男性にめぐり合う必要がしばらくなくなるわけです。うまく受精できたわけですから、あとはおとなしくじっとしているに越したことはありません。また、胎内で小さな命を育てるわけですから、多大なエネルギーを必要とする出産という大きなイベントに備えて、母体はエネルギーを無駄なことに一切使いたくないのです。
 また、下手に活動的に外出したりすると、事故やトラブルに巻き込まれたり、最悪の場合は流産してしまうリスクもあります。このような理由から、妊娠した女性の脳はできるだけ体を休ませて、なるべくおとなしくさせておこうと仕向けるのです。こうした理由で、強烈な眠気を女性に与えていると考えられています。
 思春期から更年期にかけて、女性の睡眠には女性ホルモンが大きな影響力をもっています。女性ホルモンとは卵巣から分泌されるホルモンのことで、妊娠の準備をするエストロゲンと、妊娠を成功させてその状態を維持させるプロゲステロンがあります。排卵後はプロゲステロンが増えていて、プロゲステロンには睡眠を促す作用があるため、この時期にあたる月経前の一週間は強烈な眠気に襲われます。
 妊娠3ヶ月までの間は、プロゲステロンが大量に分泌されるために、日中から強い眠気に襲われることになります。妊娠6ヶ月になるとプロゲステロンは次第に減り始めて、妊娠9ヶ月ではプロゲステロンに代わってエストロゲンが増えてきます。よって、出産前は逆に眠気を感じずに寝つきが悪くなったりぐっすり熟睡できなくなります。

◎ 眠らない動物

 常に海の中を泳ぎまわっているカツオやマグロなどの魚やイルカ・オットセイなどの一部の水中哺乳類、カモメなどのように常に空を飛び続ける鳥たちは、いったいいつ寝ているのでしょうか。
 水中や空中で長時間過ごす動物たちは、実は左右の脳を交互に休ませることによって、活動を続けているのです。渡り鳥の中には片目だけつぶって飛びながら眠る鳥がいます。つまり、人間のように寝るときに活動を停止するのではなく、泳ぐ、飛ぶといった活動を行いながら、眠ることができるのです。この脳の半分だけを眠らせる睡眠法を半球睡眠といいます。
 人間の場合はレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返し起こりますが、おもしろいことに、これらの眠らない動物たちの眠りにはレム睡眠がありません。レム睡眠は筋肉が弛緩してしまい、肉体を動かすことができなくなってしまうためだと考えられています。睡眠中も飛んだり泳いだりしなくてはならないので、レム睡眠は都合が悪いわけです。
 これらの動物たちは、眠るときはノンレム睡眠を半分の脳だけで行って、体のほうが動かし続けるという驚異的なことをしています。カモメの場合は、長時間の飛行移動の時には半球睡眠を行い、安全が確保された地上で眠る場合は、人間と同じように左右の脳を休ませて、しっかりとレム睡眠をとるといったように、非常にフレキシブルな睡眠術を使いこなしていることがわかっています。
 また、草原に住むシマウマ、キリンといった動物たちも、ぐっすり熟睡しません。ライオンやヒョウなどの天敵がいつどこから襲ってくるかわからない生活をしているわけですから、ぐっすりレム睡眠を楽しんでいる余裕はありません。レム睡眠の最中で筋肉が緩んでいるときに、襲われたらひとたまりもありません。
 ノンレム睡眠にしてもあまり深く寝てしまうと、身に迫る危険を察知することが遅れ、逃げ遅れてしまいます。ノンレム睡眠ですら浅い眠りにして、いつ敵が現れてもすぐに走って逃げられるように、立ったまま寝るという驚きのテクニックを身につけているのです。
 一方、ライオンは自分より強い天敵がいないので、天敵に怯えるシマウマやキリンとはまったく正反対の生活をしています。
おなかがすいた時だけ、数時間の狩りの活動をしますが、それ以外の一日の大部分はのんびり寝て過ごしています。

 第2回でした、じゃんじゃん。